行けるか本当にずっとずっと不安だったけれど、大阪に行けた。
もう、啓司さんの終わりの日になるんじゃないかって、覚悟を決めきれないままに、でも、そうだとしたら、何が何でも行かなければと勝手に思い込んで。
もし目眩が出てしまった時のために、本当は飲んだって効かないって、わかってるけれど、薬を鞄に入れて、もう誰でもいいから何の神様でもいいから、何とかしてくれって祈っていた。
目眩の発作よりも、啓司さんを見れないことが怖かった。
目眩より怖いことなんて、ないと思ってたのに。
最近、運良く体調が良いから、目眩への恐怖が薄れていたのもあるけれど。
光しかなかった。
昔、当時世界で1番美しいと思っていた人を見た日を思い出した。
あれも大阪だった。
あの日行ったのは、本当は小さなライブハウスだったけれど、でも、記憶の中ではすごく広くて、たくさん人がいて、舞台は光であふれていた。
あの日、続きがあると信じて止まず。でも、それが最後だった。
何も繋がってはいないのだけれど、でも、これは続きのような気がして、本当に勝手に泣いた。
何も関係なんて、ないんだけれど。
あの頃見えていた鱗粉のような輝きを、啓司さんに見た。
もう、見えないと思ってた。
でも、ずっと前から見えてたような気もした。
啓司さんは、光なのだと思う。
太陽のような、自分で輝く人なのだと思う。
闇の中を自ら輝いて歩ける人。
きっと、怖いこともあるのだろうけれど、それでも、前に進める人。
本当は、ずっと、どこにも行かないで欲しい。
変わらなくては続いていけない。それも確かに真実だと思うけれど。
なんて残酷な結論を見つけてしまったのか。
そこまでして存続して行くことに、何の意味があるのだろう。
そんなことを思ってしまうのは、いなくなってしまう未来がとても近いからで、そうでなければ、きっと、あっさり受け止めたのだと思うけれど。
そもそも、存続を望まれているのだろうとも、思っている。それこそ、100年続きますようにと、思う気持ちは、自分にも、あるにはある。
でも。寂しい。とても寂しい。
光が強すぎる。だから、なくなってしまうと、とてもとても暗い。
2020年が、とても怖い。とても悲しい。怖がることでも悲しむことでもないって、言うのだろうけれど。
まだ何も決まってない。わかってるけれど。
もう一回、セカンドもEXILEも見たい。
もう一度、キラキラ輝く舞台を見たい。
寂しい。