実家に行くと、いつも色んなものを持たされる。
いなり寿司の冷凍油揚げ、落花生、梅干・・・。
夫と二人なのでそんなに食べないし、外食も多い。
有り難くいただいたが、
何気なく言った、うちにゴミ袋がないという言葉に反応し、巨大ゴミ袋まで渡されそうになったので、これ以上荷物が増えてはたまらないと、慌てて実家を後にした。
家を数歩歩いたところで振り返ると、追いかけてきた母が玄関で見送ってくれていた。
実は、今の実家に私は住んだことがない。
なぜならば、一昨年の暮れ、実家は住み替えで引っ越したから。
母は、73になるというのに、一人で土地を探してきて家を建ててしまった。
よく騙されなかったものだと思う。
無鉄砲というか、何というか、
父が亡くなって13年。
たくましくなったものだ。
なので、実家でありながら一度も暮らしたことが無いという、不思議な状況であった。
でもシチュエーションは同じ。
最初の角で曲がったところ、
つまり私の姿が見えなくなるまで見送る。
女が一人で帰るのは、心配だといい、いくらいいと言っても見送ってくれた。
前より見送る時間が長くなった。
引っ越した先では、最初の角までの距離が少し長かったからだ。
何度振り返っても、ずっと見ている。
もう前の家ではないのに、見送る姿はいつもと同じだった。
別にまだ明るいし、私も結構いい大人。
見送らなくても大丈夫なのに・・・
ふいに温かいものが心に込み上げて、涙がポロポロとこぼれてきた。
私が前の実家の近所に一人暮らししていた頃、
ある日母から電話があり、いいものを買ったから今からお前に渡したいと、訪ねてきた。
いつも無邪気な70を越えた母が、屈託の無い満面の笑みで差し出したものは、
ティッシュペーパー二つ分くらいのダンボール。
空けてみると人形が入っていた・・・。
の、呪いの人形か?!
麻の紐とどんぐりみたいな木の実で作った、男女の人形。
それは、日本テレビの「世界仰天ニュース」でも紹介された、恋愛成就の人形、
ボージョボー人形だった。
確か、深夜の日本テレビを見ていると、3,000円くらいで売っていた。
私は、お守りもおまじないも、決して否定などしないのだけど、
現実的な性格なので、これって、ぼり過ぎだろ!などと思って見ていた。
何でこんなの買っちゃったの~?
って思わず口から出そうになったが、慌てて飲み込んだ。
その当時まだ結婚していなかった私は、付き合っている人はいたが、母にはそのことを一切言っていなかった。
結婚を期待させてだめになってしまった時、母がガッカリする顔を見たくなかったからだ。
恋愛事では、本当に母に心配ばかりかけてきた。
もう絶対に母を悲しませたくなかったし、その為には貝にでもなんでもなるつもりだった。
いつまでもお嫁に行かず、一人暮らししているアラフォーの娘が心配だったに違いな
かった。
そんな時、深夜、テレビで、恋愛成就を謳うボージョボー人形を見て、
藁をもすがる思いで、娘の為に電話したに違いなかったのだ。
・・・そう、百万もする白い壷を買わなかっただけ良しとしよう♪
私は、素直に喜んで見せて、部屋に飾ってみせた。
それにしても、このボージョボー人形は、ちょっとラブリーな私のこの部屋で少し浮いていた。
あまりの浮きっぷりに、笑いすらこみ上げてくるのだけど、
なぜか涙がにじんできた。
半泣き、半笑いで、ボージョボー人形を見つめていた。
ボージョボー人形の力を素直に信じる母の心に、私に足りなかったものを感じていた。
そして私は、現在に至り、その当時付き合っていた彼は夫になり、一緒に暮らしている。
・・・実家から帰る道中の電車の中で、大量の落花生を見て、私は溜息をついていた。
落花生って、カロリー高いし太るよね。
夫も食べるとは思われなかった。
どうしようかなぁ・・・
帰ってから、夕飯前に、
ビールのつまみに、落花生を出してみた。
「ウマイ! 落花生うまいなぁ。やっぱり殻つきは、味が違うよな~。」
という夫の声。
どんどん殻が増えていく。
いらないと思ってたものは、いるものだった。
今度は巨大ゴミ袋をもらいにいこう!
きっと母は、ずっと私を見送り続ける。
もう所帯を持って立派な大人になった私が、大丈夫だと言っても見送り続ける。
でも、いつか見送ることが無くなる日が来るだろう。
涙のボージョボー人形は、今も夫と私の家にいる。