ある日の真夏の東京駅午前9時過ぎ。
遅刻しそうな私は、東京駅のコンコースを足早に会社へ向かっていた。
その日のコーディネートは全身白。
会社の同僚に、オーラソーマカラーケアシステムのコンサルテーションをすることになっていたので、服もバッグも靴も白。
少し恥ずかしいが、コンサルテーションするときの決まりだからいたしかたない。
「すいません。」
そんな私に、一人の男が声を掛けてきた。
この忙しいのに道を聞かれたかと思い、「何ですか?」と彼に視線をやると、
身長160弱やや低め。
中肉中背。全身白の麻のスーツ、
目がくりくりしていて頭がつるっぱげの中年男性が私を見つめていた。
誰かに似てる・・・。
10cm強の白のハイヒールの私は、彼を見下ろし考えた。
た・・・丹下段平・・・。
片目じゃないけど、あれ?丹下段平?
幻覚か?!前を開けたスーツの隙間から、腹巻が見えたような気がする。
どう考えてもサラリーマンの格好ではなく、
そしてどう考えても堅気の人には見えない。
「私は、こういう者です。」
彼が目の前にスパッと差し出した物は、皮の二つ折りのエンブレム。
よくアメリカ映画の中で、ロス市警(なぜか限定)が持っている、あの浮き彫りになっているアレ。
菊の御紋のエンブレム!け、警察だよ~!
今はもう、小さな鉛筆がついていそうなあの黒皮の手帳ではないのか・・・。
妙な感心と、歩みを止められた怒りと、何故私に?という疑問とで、
頭の中がぐるぐる回り、お肌に悪いからいつも気をつけているのに、
眉間に皺を寄せてしまった。
「この男を見たことはありませんか?」
更に彼はすかさず一枚の写真を私に差し出した。
パ、パウチッコだよ。
そう、ラミネートコーティングされた写真に写っている一人の男。
THE日本人。一重の目で特徴のない醤油顔。
いかにも記憶に残りそうに無い顔があった。
右下には4桁の番号が打刻してある。
「この男は、スリの常習犯です。あなたは、いつも東京駅を利用されていますか?
見かけたことはないですか?」
「え、ええ。そうです。東京駅使ってます。でも、この人は見たことはありません。」
「そうですか。こいつは悪いヤツですから、カバンにくれぐれも気をつけてください。」
私の白いカバンの外側のポケットから、チラリと見える定期券に目をやりながら、
彼は、爽やかに白い歯を見せ微笑んで去っていった。
・・・彼は出っ歯ではなかった。
あ、いけないっ。
爽やかな笑顔には、爽やかな笑顔を。
気を取り直し、爽やかな笑顔で見送る私。
こういう時は、敬礼するものだろうか。
荷物で両手が塞がっている自分がもどかしい。。。
今の何だったんだ?
いいえっ!
遅刻しても悔いは無し。
だって、東京の治安を守る手助けをしたのだから。
そして遅刻寸前の私は、東京駅を全力疾走し、会社へ向かっていった。
東京駅。
東京ドーム3.6個分、一日の発着列車本数、約4000本は日本一を誇る。
大東京の表玄関を守るため、少しくたびれたパウチッコを見せ、
丹下段平デカは今日も聞き込みしているのか。
それにしても、何故私?
よほど、隙がありそうに見えたのか。
はたまた、白の魔力が、同じ白の彼を引き寄せたのか。
朝の雑踏の中で、月9張りに立ち尽くす白いOLと白い中年男。
傍から見ればさぞかし異様な光景だったに違いない。
この件を、後日、同年代の女性の友人と、
私と干支が同じで年下の同僚男性に話してみた。
女性の友人は、
「それ、ホントにデカ?新手のナンパじゃないの?」
干支が同じで年下の同僚男性は、
「た、丹下段平って誰っすか?」
おいおい、丹下段平も知らないの?
軽く衝撃。
そんなことも知らないで日本の将来はどうなるのよ。
明日はどっちだ。