【生きる】② 最終話
もし米軍が気付いて、見にきていたら近くをまだ警戒しているかもしれない。
慎重に慎重に足を進める。1時間ほど進んだところで、突然、銃撃戦の音が響いた。
バババババッ!
距離は2kmほどは離れていそうだ。
頭をよぎったのは山中少尉達が交戦しているのではないか?ということだった。
しかし、銃声は1分ほどで止んだ
。つまり一方的な銃撃だった事を示していた。
米軍か友軍どちらかが先に発見して、発砲したのだ。
残念ながら、友軍が先に見つけた場合は隠れてやり過ごすというのが今の鉄則なので、逆だろう。
交戦状態にならなかったということは、一撃で全滅か壊滅したに違いなかった。
銃声が止んだ後、断続的にババッ!ババッ!と銃撃の音が聞こえた。
米兵が生存者がないか?確認しているのだ。
最近は持ち物も撃ち壊していく。
銃器はもちろん、水筒は一番初めに壊される。それも終わるとまた森の音が戻ってきた。
ずっと身をかがめていた私と酒井は目で合図して、また、歩を進めた。
もし今日、壕に戻れてもさっきの銃声が山中少尉達のものなら、誰もいないかもしれない。
ほどなく、昨日の場所が見えるところまで来た。村山と平井の遺体はそのままのように見えた。
「む、」
「待て。」
酒井が声を殺して私を止めた。木の幹に身を潜めて、周りをよく観察した。
荒らされた様子がない。昨日の爆発のままという感じだ。
身をかかめながらまずは平井の胴のある場所に向かった。
近くに水筒が見えたからだ。
壊されていない。
おそらくあの後、米軍は来ていないということだ。そして、奇跡的に水筒には水が残っていた。
「おお、大丈夫そうや。ゴクリ。」
酒井が一飲みして水筒を手渡ししてきた。
「ゴクリ。ああ。」
水筒を肩にかけて、平井の胴に手を合わせると、村山に向かった。
2mほど先に倒れている。右腕がない状態のまま倒れている。
「村山・・。」
酒井が近づいて生死を確認して、首を振りながら、呟いた。
だめだったのだ。
村山の遺体は5mほど這って移動した後があった。
乾いているが、大量の血を吹き出した右手を持ち上げながら、必死に這って生きようとする村山が容易に想像できた。
「す、水筒は?」
「ああ。入ってる。村山もらうぞ。心配すんな。そっちに行ったら、返すからな。」
酒井は村山の胴を半分持ち上げて、水筒と銃剣を取った。
「あ、そういえば、村山のポケット。」
「うん?」
「村山、出兵する直前に結婚して、祝言の時の写真をずっと持ってたんだ。持って行こう。」
僕はそう言って、酒井が半分起こした村山の胸ポケットを探るとやはり、写真が一番入っていた。
村山もお嫁さんもぎこちない笑顔でカメラを見ている。
家の庭で撮ったのだろう、端に犬の影が写っていた。確かゲンタだ。
よく村山が話していた。
写真を自分のポケットにしまうと酒井が少し、鼻から息を吐き、「やれやれ」という表情をした。
壕へ一旦帰ることになるが、さっきの銃声がどうだったか、そればかりが気になっていた。
そんな時、前を歩いていた酒井の足が止まった。
酒井の目線の先を見ると、米軍が僕らの上を歩いているのが見えた。
上は舗装された道だ。
最近は日に日に米軍がジャングルの中に舗装された道を作って、戦車と共に巡回している。
この道はずいぶん前からできた道だ。この道をずっと行くと、米軍の拠点がある。
そこでは夜でも明かりがついて、中で食事や酒を飲んでいるのを見たことがある。
米軍物資を調達する計画も練られたが、当時は流石にリスクが高すぎると却下された。
あれから半月以上経ち、歩いている米兵の雰囲気を見ても明らかに、警戒心が薄れていた。
笑い声が聞こえる。
完全に制圧した地域という認識なのだろう。
米兵は5人組。そのうちの一人が何かを仲間に話して、こちら側へ少し降りてきた。
あとの4人は笑いながら、先を進んでいる。
すると降りた一人は小便をし始めた。
4人組はもう10mは離れている。
身を潜めたいた僕らは近づいてきた一人が小便し始めて、緊張の糸がプツリと切れた。
長い小便だった。
僕は早く終われ〜!と願っていたが、酒井は違った。
「やるか。おい。」
「え?」
「おれが反対側へ回るから、お前はこちらで向こう側へ石を投げろ。その隙に後ろから銃剣でブスリだ!」
酒井の目は本気だった。
「で、でも」
「村山と平井の無念をはらさんでどうする!?」
酒井の目は血走っていた。
「う、うん。」
僕の返事を聞くか聞かないかの間に、酒井は木の間を抜けて、小便をする米兵の後ろ側へ回った。
距離は2m程度。
こちらから酒井の表情は見えないので雰囲気でタイミングを見ないといけない。
米兵がようやく小便を終えて、ズボンを持ち上げようとしたその時、僕は大きめの石を草むらに投げた。
ガサガサササ・・。
転げ落ちる石。明らかに焦った米兵はズボンをズリ落としたまま、肩にかけた銃を手に持とうとしていた。
「ガッ!」
後ろから銃剣が背中の中心を突き刺した。そのあと、首元へも一撃。
見事な一撃だった。
声を出されたら僕らは終わりだった。
声も出させない見事な一撃。
そのあとの複数回の打撃には酒井の狂気を少し感じた。
頭の一部がつぶれた米兵から銃と水筒、そして、全てのポケットを探して食べかけのチョコレートを取って、リュックはそのまま背負った。胸ポケットを探っているときに、写真が入っていたのを僕は気付いていたけど、見なかった。僕らはその場をすぐに去った。
「畜生!頭に銃剣突き刺したろうと思ったのに、それどころやなかった!」
道中、酒井は憤っていた。いや、興奮冷めやらぬという感じか。
僕らは幸運にも壕まで戻れた。しかし誰もそこにはいなかった。そのまま夜を迎えたがやはり、誰も戻らなかった。
僕らは米兵から奪ったチョコレートを食べると幾分元気になった。3日ぶりの食事だった。
米兵のリュックには食料はもちろん、タバコも入っていた。
これには酒井はとても喜んで「明日早速吸ったる!」と言っていた。
後はナイフもかなりよい調達品だった。僕らのものは錆びて使い物にならないし、何をするにもナイフは便利だ。
しばらくは米兵品物色で盛り上がったが、お腹も満たされ、眠気が襲ってきた頃、酒井がポツリと呟いた。
「ほんまは俺も帰りたいよ。」
「うん。」
「でもな、俺は理屈で物考えるからあかんねん。どう考えても帰られるとは思えへん。」
「うん。」
「さっき殺した米兵にも家族はおるやろ。」
「うん。たぶん。」
「理屈で考えたら、生きるために殺すのが正しいことや。でもな銃剣突き刺した瞬間からは理屈やなかった。恨みやった。」
「うん。」
「帰りたいな。」
「帰りたいね。」
ぼくらは明日死ぬかもしれない。
終わり
