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本ブログのクレジット

本ブログのスタッフ

主演:(順不同・敬称略)
    全水道中国地本
      森岡(津山水労)
      鎌田(出雲水労)
      福田(出雲水労)
      西坂(岡山水労)
      田中(宇部水労)
    全水道近畿東海地本
      笠島(書記長)
      武藤(一宮水労)
      関根(桑名水労)
      坂田(桑名水労)
    全水道東京水労
      雨宮
      上野
      田口
      丸林
    全水道本部
      佐々木

協力:
    川原冷機社長夫婦
    渡辺さん(奥さん)

企画・製作:
    tanaka.net

原作・脚本・編集とか…:
    一切無し(笑)

スペシャルサンクス:
    全水道中国地本構成組織の仲間たち
    全水道山口県本部宇部支部

製作著作について:
    本ブログの画像・記事の再利用については、基本的に自由です。
    ただし、著作権とか面倒な事は分かりませんので、自己責任でお願いします。


      
    

今回の活動を通じて・・・

$tanaka.net
(画像と本文はかんけいありません。また長文になります)

被災地に赴いての自分の感想は…まだ戻ってきて日も浅いですから、色んな感情が渦巻いていますが、自分なりに…今の段階での思いを整理してみたいと思います。

まず、連合の活動…対応とか受け入れ態勢とかには、何の不満もありません。っていうか、むしろ恵まれてたとさえ思います。
実際の活動は、全て産別(全水道)でチームを組み行いました。その点は、改めて全水道の絆っていうか、産別独自の感覚で活動が行えて、それはそれで、良かったと思います。
しかし、ボランティアだという本質は別にして、せっかくの機会だったので、他の産別の考え方っていうか、感覚に触れたかったなぁって…少しだけ思ってます(笑)
ただそこは、BCでの共同生活で、十分コミュニケーションを図り、「は~ん…なるほどねぇ…そう考えるんだぁ」って思ってます。その点は、非常に参考になりました。

出発前の記事に書いていましたが、私は、マスメディアの視点に惑わされて、いわゆる大切な人を失う悲しみのみが、自分の心にあった気がしています。しかし、実際に被災地で活動して、普通の生活を失うことの辛さに、範囲が拡大した気がします。
津波さえなければ…今もココにある普通の生活…。
もちろん天災ですから、誰を恨むなんて考えはあり得ないんですけど…。
しかし、逆に言えば私たちにも、いつ降りかかってもおかしくない…明日にでも私たちが今の普通の生活を失うかもしれない…そう考えていました。

今の被災地は、重機などで瓦礫が片付けてあり、一見するとただの更地の風景です。しかし、それは全体的なものであり、被災者家族の個別の現状は、生きていくためには、まだまだ復興に向けて途方も無い状態にあります。

失ったモノの悲しみ…そこを外側の人間が憂う事は、ただのエゴでなんだと強く感じました。
私たちにできること…それは、被災されて不便な生活を余儀なくされている人々へ、一日も早く…しかも出来るだけ普通の生活に戻ってもらう…その為のお手伝いをする事だと思いました。

一部では、ボランティア活動そのものが、エゴであるとか、その活動に関わる費用を、復興財源にまわした方が効率的だとかいう理論を聞きます。…合理的に考えればそうかもしれません。

しかし、前述のように、被災者の感情が自分のことかもしれないと置き換え、気持ちを1つにすれば、エゴなんてあり得ないと思います。

活動に関わる費用についても、結局は費用対効果という問題ではなく、繰り返しますが、被災者の気持ちに立って行われないと、意味を持たなくなると思います。

今回の震災に関して、ボランティアに行こう!って思った人の考え方は色々でしょうけど…大切なのは気持ちをつなげるっていうこと。その意味で、連合の活動は、その基本理念がシッカリしていると思いました。

震災の瞬間…被災者が感じた恐怖や悲しみなど、それこそマスメディアは絶対に伝えない筆舌にできな話を、現地の方々からたくさんを伺いました。

こういう震災時、人々の本質的な部分が表に出ると言いますが、それをも超えた人間性であったと思います。しかし外側からみれば、否定できたとしても、実際にその場面に立った時、自分はどんな行動をとるのだろう?って考えています。

このように、被災地から帰ってきて、まだ1日で震災に関する考えを整えるのは非常に難しいです。しかし、活動に関することに関しては一定の総括ができます。

まず、メンバーに恵まれたこと。今回は東水労さんと本部さん、近東地本さんと中国地本のコラボでの活動でしたが、みんなメチャメチャ面白く、だけど課題は真面目にこなすみたいな人たちで、本当に楽しく活動でできました。

作業も、皆さん被災者の気持ちに同調して、出来ることは全部やってしまおう的な考え方も良かったです。さらに大人としてのオン・オフもメリハリがついてて、さすが全水道だと思いました。
次に、活動先の被災者の方々。特に4日間も連続でお世話になった、渡辺さんの奥さんは、非常に明るく気さくで、とてもいい人でした。

渡辺さんとは、もちろん津波がなければ出会っていません。しかし、今回の災害と連合の取り組みで出会えた事は奇跡です。

私たちが行った事は、本当に微々たるものですが、こうした地道な活動の積み重ねが、ハード面ではもちろんん、ソフト面でも確実に一歩一歩復興へつながることだと思います。
もし…次の機会があれば必ずもう一度行くと思います。

そして、ここで告知ですが、当初、本ブログは今日をもって閉鎖しようと思っていました。しかし、渡辺さんご家族の本当の意味での復興を願う意味で、当面放置します。

そして、いつの日か、渡辺さん宅のご家族が笑顔で暮らせる日が来たとき…写メを送ってもらう約束をしていますから、その報告をもって、本ブログのミッションコンプリートとしたいと思います。

ですから、皆さんもずっと祈ってて欲しいです。1年だろうが5年だろうが10年だろうが。

最後になりますが、こんな貴重な経験をさせていただいた全水道中国地本に感謝いたします。
そして、本ブログを見て応援していただいた方に感謝します。

文脈もムチャクチャで書き綴ったまとめとなった事をお許し下さい。

では・・・ひとまずこれで・・・。
みなさんありがとうございました!

iron

帰宅

とりあえず報告です。
無事に帰宅いたしました。
けど…子供たちのマシンガントークで一気に疲れが押し寄せ…今日は寝ます(汗)
積み残しの話…明日にさせて頂きます( ̄∇ ̄+)
おやすみなさいです。。。

岩手→東京

(画像はありません)

住田BCを出発し、東北自動車道をひたすら南下します。
車中泊…最初は疲れてるから寝れるだろうと思ってましたけど…完全に甘い考えでした。
正確には、寝れるには寝れるんですけど、ウトウトしたと思ったら…ドンッ!って段差を乗り越える音と振動でビクゥ!ってなります(汗)体に悪いです(-ロ-;)

2時くらいにSAに寄りました。どこ?ココ(Θ_Θ)みたいな(笑)
『がんばれ福島』って書いてある(@_@;)
今の心境は『がんばれ俺』って感じなんですけど(笑)
まぁ出発前にドタバタしてたんで、ブログアップにはちょうど良い時間でした(^-^;)

4時に埼玉県の羽生SAで休憩しました。早くも空が明るみ始めました(-ロ-;)
こうなったら覚悟を決めて気合いで乗り切るしかありませんp( ̄^ ̄)q

5時半。着きました~東京駅に\(^O^)/
けど帰りの飛行機…19時なんですよねぇ(-ロ-;)
という訳で、岡山のN委員長の案内でアキバのネットカフェからの書き込みです(・ω・)/
今までずっと携帯から書き込んでたんで、キーボード…ローマ字入力どうやったっけ?みたいな(笑)

今回の活動の総括をしないといけませんが…1回寝てから考えます(Θ_Θ)
では。。。zzz

活動最終日(特別編)

前記事にも書きましたが、今日は作業を1時間早めに切り上げ、陸前高田市へ視察に行きました。
車内からの撮影のみでしたので画像イマイチですけど(汗)

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陸前高田市役所です。3階部分まで完全に浸水し、行政機能を完全に失ってます。

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野球場です。津波により破壊され、地盤沈下により常時浸水しています。

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歌手の千昌夫?さんがオーナーのホテルです。

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津波の破壊力か地盤沈下の影響か…線路が湾曲しています。

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大船渡市と違う点は、鉄筋コンクリートか鉄骨の建物以外、全て破壊されているという点です。

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津波の被害により、原型をとどめていない車が並べてありました。

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遠くに見える防潮堤が破壊され、その機能を失っています。

陸前高田市は、その地形上、直接10m超の津波と大船渡市側からの5m超の津波で挟まれる形で被災しました。
また大船渡市と違い、中心部から高台までは、相当な距離があるため、多くの被災者を出したと思われます。
何より、津波のエネルギーが尋常ではなく、そこにあった人々の暮らしを一気に飲み込んだ事が伺えます。
震災から4ヶ月が経った今、瓦礫の撤去が進み、破壊された道路や橋など、僅かではありますが、復興に向けて前進してるようにも見受けられます。
しかし一方では、災害当時のまま手付かずで放置されてる場所も多くありますし、未だに警察車両が多く配備されている事から、現在も行方不明者の捜索なのか、ご遺体が発見されてるのか…いずれにしても、今なお厳しい現実がココにはありました。
陸前高田市の復興?…この場所に再び元の賑わいが戻ってくるの?不謹慎ながら、そう思わざるを得ない光景がココにはありました。

活動最終日④

ボランティアセンターに戻り、うがいや手洗いを済ませた後、陸前高田市へ視察に行く事になりました。その様子は『特別編』にて(^-^;)
今日が最終日なんで、お世話になったセンターの方々にお礼を言いました。
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センターの方々も手を振って見送ってくれました(^O^)/
皆さん、ありがとう(^_-)-☆

そして、いつもの温泉へ。
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>って、飲み終わってるし(笑)しかも2杯(;^_^A

BCに帰ってから夕食の間、帰宅に向けての準備でドタバタしました(汗)
とりあえず必要なモノだけカバンに詰めて…宅急便へ。持ち帰っても使わないだろう的なモノは寄付しました。油断してて、思わずM2級審判員の安全長靴も寄付するとこでしたけど(^-^;)

それでは今日の晩ご飯↓
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まさに最後の晩餐…噛み締めるように味わいました(^O^)

実は、この時まで日教組さんの例の足跡がなかったんです。
1人の教組さんに『14次派遣団は作らんの?』と聞いてみた所、帰ってきた答えも含め、作らないっぽい雰囲気でした(-ロ-;)
『つながる』って書いてあるのに?(-_-)ってハイプレッシャーをかけると…↓
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あはは(笑)作りよるし(爆)

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食事後、20時から解散式が行われました。家に帰るまでがボランティアですって(笑)

実は、連合が主催して、地元の皆さんとの交流会が明日、開催されますが、決定が出発直前であったため、帰りの飛行機も予約してましたから、残念ながら不参加としました(><)
東京水労さんと全水道本部Sさんは残られるという事で、ここでお別れとなりました。
東水労さん、皆さんのおかげでメチャクチャ楽しい5日間でした(^O^)ありがとう(^_-)-☆
本部Sさん、色々と細やかな配慮に感謝します。ありがとう(^_-)-☆

という事で、20時50分にBCを出発し、東京を目指します。今夜は車中泊です(;^_^A

活動最終日③

お昼休みは、送迎バスの配車の関係で、迎えに来れませんでしたので、現地で取る事になりました。
皆さん、それぞれ休憩されてましたが、本日はいつもより早く、14時作業終了の指示(詳しくは特別編にて)が出ており、誰ともなく
あと1時間で終わるかなぁ(´3`)
という意見がでて、休憩を切り上げ作業を前倒しする事にしました(^-^;)

引き続き家中の洗浄を行い、キレイになった所で消毒液と石灰の散布をしました。
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床下にまんべんなく散布を行います。

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作業を前倒しした分、時間に余裕がありましたので、外壁やシャッターの洗浄も行いました。

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更に時間が余ったので(^-^;)作業場もキレイに洗浄しておきました。
結果的に片付けまで含めて、ピッタリ14時。素晴らしい時間の使い方だったと思います(^^)v

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キレイになった渡辺さん宅の前で集合写真。

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で…お約束で逆に撮ってみたり(笑)

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今日も奥さんがチューチューアイスをご馳走してくれました。
これがねぇ~マジめちゃくちゃ旨いのですよ(´∀`)

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奥さんから丁寧なお礼をいただき、有り難い事に、いつまでも見送って頂きました(^O^)
渡辺さん、4日間お世話になりました(^O^)/ありがとう(^_-)-☆

活動最終日②

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ボランティアセンターに到着後、全員で集合写真を撮りました。

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逆に撮ってくれた人を撮ってみたり(笑)お約束ですね(^-^;)

本日の作業は、昨日と同じく渡辺さん宅で、メンバーは全水道全員です。
作業内容は、床下に溜まったヘドロを搬出し、構造材の洗浄を行って、床下などを消毒します。
メンバーは、昨夜から既に、作業のイメトレやってますから、早速作業にとりかかります(^-^)

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黙々とヘドロを搬出します。

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みんなの気持ちは1つ…今日の作業でココを仕上げる事です。

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作業場部分も丁寧に掃除します。

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残された機械も丁寧に洗浄します。ここでまた、お仕事が再開できますように…(^_-)-☆

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すぐそばで、連合の別チームが作業を行ってました。炎天下、ご苦労様です。

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鉄骨部分を重点的に、丁寧に洗浄していきます。

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作業は常に丁寧に…自分の家を片付けてる気持ちでヘドロを取り除きます。

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もちろん本日も一致団結の全水道チームです(^^)v

室内の洗浄をします。
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床も。

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壁や天井も。

そして、遂に!
Before↓
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After(^^)v↓
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メチャクチャ綺麗になりました\(^O^)/

とりあえず午前中の作業はここまで。
それでは今日のお昼ご飯↓
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最後まで、おにぎり2個(´3`)…と思いきや、奥さんがサプライズでヒヤムギを差し入れてくれました\(^O^)/みんな、
ぅんまぁ~!w(°O°)w連発です。
なんこれぇ?みたいな(笑)
奥さん、ご馳走さまでしたm(__)m

活動最終日①

今日の天気は晴れ。朝の気温18℃。日中の気温は32℃と予想されています。
ココでの活動、天候に恵まれてホントに良かったと思ってます。

いよいよ活動最終日となりましたが、中国地本のメンバーは元気にしています。みんな髭ボーボーですけど(笑)

イチイチ、ブログでは報告しませんでしたが、コチラでは普通に地震があります(^-^;)
初日の活動では「今後の津波情報に注意して下さい!」っていう防災無線も聞きました(-ロ-;)
コチラでは、震災前から日常的な事で、だからこそ津波に対する油断を招き、多くの犠牲者を出す事になったんだと思います。
そんな中、子ども達は普段からの避難訓練を忠実に履行し、想定外の津波に対しても、自ら率先して的確な判断で臨機応変に対応したようです。新聞記事に掲載されたイラストを紹介します↓
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我々大人も見習わなければいけませんね(><)

昨日も書きましたが、本ブログのアクセス数が尋常じゃない件について…上昇が止まりません(汗)
地本から各単組へ、本ブログの存在が情報提供されたようです(^-^;)
見て頂くのはスゴい嬉しいんですけど…何だか気持ち悪い気もします(^o^;)
みんなそんなに見ないでくれる?みたいな(笑)

最終日という事で、布団のシーツを返却し、きれいに畳みました。
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来た時には割れるんじゃない?ってくらいパリパリだったシーツが、今ではすっかり体に馴染んでて、少しさみしい気もします(´3`)

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そして、我々全水道もココに足跡を残す事にしました(^^)v
コチラ↓
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さすがに、日教組さんには勝てませんけど(^_^;)立派なもんだと思います。

それでは今日の朝ご飯↓
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お茶と、ごま塩ふりかけ(笑)
業者さん…昨日より遅いんですけど(-ロ-;)

仕切りなおして↓
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今日も1日頑張りましょう!

活動4日目(特別編)

午前中の作業中、ふと思い付いた事がありまして。
ボランティアセンターに帰ってスグ、お昼休みの時間を利用してセンターに交渉して自転車を借り、出雲水労F書記長と、港に近い所まで行って来ました。

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…今まで目にした事ない光景です。たぶん画像じゃ伝わりません。見渡す限り、こんな感じで言葉を失いました。

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倉庫に車が突っ込んだままの状態で放置されています。運転席のドアだけ割れていました。ご無事である事を祈ります。

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養老乃瀧…の横に…船。
このように、震災当時から手付かずの状態が、未だ中心部に多くあります。

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防波堤なのか防潮堤なのか…いずれにしても、津波の凄まじいエネルギーの前には為す術もありません。

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地盤沈下の影響で、常時冠水してるようです。

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このような壊滅的な状況の中、一見無傷かのような家がありました。
もちろん内部は無傷じゃないでしょうけど。

他にもこんなになってます↓
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そして、コチラ…↓
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恐らく津波被害にあったであろう時間で止まってます。3月11日のこの時間…皆さんは何をされてたか覚えてますか?

これまで、ボランティア活動を行った場所とは全く違う、桁違いの現状と臭いが…嫌でも私の心に強く訴えかけます。油断してると、気持ちが引き連られそうになります(;´Д`)
この場所で暮らす人々が、一体どんな恐怖を体験したのか…その安否は…。
これまでの現地の人々の話を踏まえ、そんな事を想像すると胸が苦しくなりました。
ココは、まだまだ復興復旧とは程遠い…つまり、まだまだボランティアの力が必要だと強く感じました。

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