宜しくお願い致します。
パリを歩き回っている友人へマルシェに行くことを勧めた パリでのレコーディング
26歳から30年に渡りレコーディングを行っていたパリ。
その中心に亡くなったミッシェルベルナルクとの友情が
あった。
ともかくお互いに影響し合った素晴らしい関係でした。
そろそろ別な人を探し始めています。
フランスのレコーディングは続けたいですから。
今日はそんな中の一曲を。
パリの大好きなエリア、マレの写真をちりばめた
スライドショーで。
パリを旅している友人に必ず行くように勧めている一つが
パリの街に散らばっている朝市です。
八百屋さん。
バケットを山積みにしたパン屋さん。
そして魚屋さん。売っています。
こうしてケーキやパイも売っています。
僕の場合調理をしますから歩いているだけで
色々なアイデアが浮かんできます。
そしてパリのデパートの中で絶対に外せないのが
サンジェルマンの外れにある「ボンマルシェ」と
いうデパートです。
これが外観
中に入ると
素晴らしいインテリアの中で商品が飾られています。
中でも地下にある測量品の売り場とカフェや
レストランがたまりません。
これは野菜売り場、デコレーションがたまりません。
何気なく置いてあるお花もマッチしています。
ここは肉売り場ですが、作ったハムをこうして
販売しています。これがうまい!!
これはジャムです。
野菜の続きです。
そして今ケーキ類
そしてテラスにこのようなカフェが
今日あたり行ってくれているはずです・
レポートが届くのを楽しみにしているのですが
明け方の花市場と朝一番のワンタン麺 ダウンタウンLA. グレングールド
グールドのベートベン の景色は澄み渡っています。
今朝は急に冷え込んだのか??霧の中で迎えた朝でした。
花市場のあるダウンタウンも雲呑麺で身体を温めた中華街も
うっすら霧の中でしたが。
グールドのベートベン を聴きながら歩いていると
見えている景色とは裏腹に心が澄み切った状態でみる
霧の景色でもなぜか澄み切っているというか
霧が晴れた向こうには新緑の中に澄み切った小川でも
流れているような気持ちにさせてもらえました。
Watch on Youtubeの場所をクリックしてください。
新しいウインドウが開きグールド聴けるはずです。
花市場は当たり前ですが花と緑の香りでいっぱいでした。
知っている連中がたまに来る僕でも以前のことを覚えていて
「おお。元気か?」って声をかけてくれお店を一緒にやっていた
頃のように扱ってくれるのが嬉しいです。
鮮やかの赤
これは芯の強いオランダのチューリップ
この時期とても嬉しいこのような枝モノ
花市場から5分くらいで中華街です。
お腹が空いていたのですかさずコメのヌードル(エビ入り)
大根餅にシュウマイ
そして
たまご麺のワンタン麺
木曜日の朝の大きな朝食をしてしまいました。
この後必死で歩きました。
最初のコレクションは友人であるフランスのロジェタロンのTVウオッチ 1976 パリ最初のコレクシ
アメリカ一辺倒であった仕事でその評価が巴里で出て巴里に呼ばれることになった。
言葉も判らず、仕事だから的な乗りで興味も持たず訪ねた街は若い僕を変えて行く。
数年後。歌手のフランソワーズアルディと既に友人関係に成って居た作曲家の
ミッシェルと共に僕のプロデュースでレコーディングが行なわれた。
数ヶ月に渡るやり取りの末、僕の使命でフランソワーズに歌を歌ってもらうことになった。
ミッシェルは若い頃からフランソワーズの相談役、彼の後輩であるミッシェルベルジェと
共に何度もフランソワーズのレコーディングに参加していた。
それが繋がりでフランソワーズは現れた。

ペタしてね
僕が中学生の頃から大好きな歌手の一人であった。
レコーディングが終わるとミッシェルから御礼にとプレゼントをもらう。
これがあとで僕の仕事になる、フランスの時計会社のリップ社の為に
ロジェタロン氏がデザインしたマッハ2000のクロノグラフだった。
それから5年後、東京の僕の事務所にフランスから電話が入る。
SMH社のマーケティング部長からだった。
巴里に戻る時に御会いしたいとのオファーだった。
SMH社はスイスに本社のある時計会社でちょうどスオッチを発売
を控えフランスで倒産し売りに出たいたリップ社を買収していた。
リップの100年以上に渡るフランス市場を利用すればスウオッチの
販売がうまく行くと踏んでいた。
社長のリップマン氏から日本は君に売って欲しいと依頼され、時計の
販売とブランディングを任された。
僕の条件はロジェタロン氏と会い仕事をする事であった。
リップマン氏は時計が売れれば、必ずタロン氏が越えを掛ける。
との事であった。
時計は順調に売れ、またフランスから連絡をもらう。
タロン氏の避暑からだ。
巴里へ向かいタロン氏と面談。
初めてと思えないくらい意気投合し、会議のあとビリヤードへ
明け方までワインを飲んで話し合った。
この時計を君にプレゼントしよう。
トポレットから出て来たのがこん秋ご紹介する
リップのTVウオッチだ。
初めてのコレクション
初詣も雪の中を兄弟で雪合戦しながら出掛けて行った記憶がある。
東京の中野区に住んでいた。自宅から家族で雪の中を歩いて
中野駅まで、そいて中央線で代々木まで行き、山手線に乗り換え原宿
そして明治神宮でお参りをするのが恒例であった。
毎年、お参りする事で良い年がくることを心からいのるような子供でした。
帰りに中野駅に戻り北口を早稲田通りに向かう家に戻る途中、早稲田通りの
八百屋でミカンを一箱買うのも正月の行事の一つであった。
家は冷えきっていたが、こたつの火と火鉢の火を起こし直せば天国だった。
帰りに買ったミカンは冷凍されているかのように冷えきっていていた。
この冷えたミカンを母親に止められるまで食べていた。暖かいこたつと
冷えたミカンで新年を楽しんでいた。
そして正月と言えばお年玉だ。
冬休みの間テレビで雪の結晶の話しを見ていた僕は父にお年玉ではなく
顕微鏡が欲しいと頼んでみた。
次の日、父が箱を開けてみろと大きな袋をくれる。
もう確信していた、顕微鏡だ。
僕の目的は雪の結晶をみること。
庭から雪を取って来ては顕微鏡のプレートに雪を乗せた。
雪は解けて水に成り、何も見えない。
何故見えないのか兄から説明された。雪の結晶をみる事を諦めた。
そして次の日、父が家の前を流れる川の水と、どぶの水をビーカーに入
れて持って来てくれ、これを顕微鏡で覗いてみろと渡される。
そこには無数のプランクトンが動き回っていた。
僕は思いついた。それぞれの家の前の水を集め、田中君の家の前、
佐藤君のと集め始め気がついたら僕の部屋は
リポビタンDの瓶にラベルが貼られ200本くらいのコレク
ションが生まれていた。
ラベルには収集日と収集場所が記された。
何故なのかは知らない。
これが僕の収集癖の始まりでした。
最近、古い写真を探しに倉庫へ行った。
いろいろな箱を開けているうち思いついた。
倉庫から少しずつ出してご紹介し、コレクターの方々にコレクションを大切に
して頂ければと。
人から見ればガラクタ、どうしてこんなもの持っているのか聞かれるのですが
答えはウーーーンと言う感じでもあります。
何が登場するのか僕にも判らないものがあります。
お付き合い頂ければと思います。
手始めに長男が誕生した時に赤ちゃんの枕元に置いたのを切っ掛けに集めていたオルゴールの
コレクションの一つをお見せします。11月生まれの長男に初めてのクリスマすを印象付ける
ためにといくつものクリスマスソングのオルゴールの中の一つです。
たわい無ない理由でコレクションは増えて行きました。
ディズニーティムバートン作の大好きな映画 ナイトメアービフォーザクリスマスのオルゴール
電池式でスノーボールの中の雪が舞い上がります。
昨日,写真を撮りながら楽しみました。
スノーボールの直径が13センチほど、高さが25センチほどのもので、15年ぶりくらいの再会でした。






































