夜分遅くにこんばんは𓂃 𓈒𓏸
色鉛筆です。
テレビを見ていても動画を見ていても病室の情景が頭から離れず泣けてきます。
大学時代哲学を勉強した事もあり、『生と死』に関しては淡白に考えていたのですが…
やはり身内がいざそういう立場におかれると感情が溢れてしまいますね(・ ・̥)
今回は姉との関係性を綴り、思い出を整理しようと思います。
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私と姉は14歳離れています。
私は昔からお転婆、やんちゃ、天真爛漫、なんて言葉が似合うと自他共に認める性格で、しょっちゅう両親を困らせる程泣いて怒って暴れて悪戯をして…という女の子でした。
それに比べて姉は最初の子だった為両親にとても厳しく育てられたそうです(姉兄にも昔の両親とは比べ物にならないくらい丸くなったよねと言われる笑)。
姉は両親に基本従順というか反発をしず、正義感も強い為私がお母さんに噛み付くとすぐ怒られてました( ¯−¯ )
そしてすぐ叱る姉の事が正直苦手でもありました。
苦手…というか両親に対して駄々をこねて、優しさに甘えている自覚は幼いながらにあったので、姉の前で理不尽な怒りを見せる事は控えてました…笑(自覚があるなら喚くなって感じですが)
姉は「大好き」や「可愛い」などあからさまな愛情表現をしてきたわけではないですが、歳も離れているためかお誕生日プレゼントも毎年欠かさず買ってくれて、幼少期はよく色んなところに連れて行ってくれて愛情を感じられました。
誘い方が、「○○行くけど一緒に行くんならさっさと用意して」みたいな言い方で、連れて行ってくれてありがとうとはなかなか言いづらかったです。
それがまずは私の後悔のひとつです。
大人になってからも誕生日プレゼントを貰った時ぶっきらぼうに「ありがとうございます…」とボソッと伝える事しか出来ず本当は心から嬉しくても表現する事が出来ませんでした。
今でも昨年の誕生日にせめて電話でお礼を伝えていればよかった、LINEのメッセージに逃げなきゃ良かったと思っています。
入院中の姉にコロナの為面会出来ず、相当辛い治療をしているにも関わらずその中で私の喜ぶ事を考えてくれていたのです。
でもその時の体調は姉の日記や現在の状態を見るまでわからなかったんです…迷惑をかけまいとどんなに辛くても家族へのLINEでは明るくしていたので。
(調べたらどれだけ過酷な治療か分かっていたけど姉が案外へっちゃらだという言葉を皆んな信じていました。)
そして長年の性格から小っ恥ずかしくて心配のLINEや電話を私からかけるのを躊躇っていました。
そしてそのまま、喉に管を通すため声を聞くことは出来なくなってしまいました。
なんで人は失ってから気づくのだろうか。
当たり前なんてことはこの世にないに等しいし、後悔しないように生きなきゃいけないのに。
あの時やあの時やあの時やあの時や…
ありがとうを伝えられてないし、恩返しも出来てない。
文字におこすとまた悲しくなってきたので今日はこの辺で

