里帰りせずに夫婦(といってもほとんど私)で育児をするのは、かなり大変でした。

私は病気をもっていたし、旦那さんは帰り遅いし…

だんだん病気が悪化し、それは「寝たきり」という症状で現れました。

とにかく眠くて、眠くて起きれないのです。

育児もできず、保育園へ預けることに。

そのことで、体の負担、精神的負担が少し軽くなりました。

娘に兄弟はいないので、1日預かってくれる保育園には本当に助けられました。

園長さんも、病気の偏見がなく、よく悩みをきいてくれ、頼もしかったです。


それから、親にも病気を理解してもらう方向で動き、少しずつですが、親は理解してくれようと努力してくれていました。


その後引っ越し、(同じ区)、だんだん娘も育ち…

そうして見えてきたのが旦那さんの子供への気持ち。

「自分が親にしてもらったことないから、遊んでやるやり方がわからない」と。

あまり娘を可愛がっているふうではありませんでした。


例えば、娘が保育園でのお泊り会にいってきて、久しぶりに帰ってきたというのに、仕事から帰るなり、即お風呂へ。

そこで、「なんで娘が久しぶりに帰ってきたのに、ただいまとか、どうだった?とか、いってくれないの!?」

という話になって、喧嘩をしたり。

とにかく喧嘩が多くなりました。


私も寝たきりがひどくなるばかり。


そして、姑や旦那さんの事情により、離婚することになりました。


病気を抱え、娘をかかえ、放り出されました。

それからは実家の近くにアパートを探し、親からの金銭的援助、元旦那さんからの養育費などで何とか暮らしていけました。

それは確か娘が小学校に入る前の話です。


続く…



色々なことでお悩みの方、いつでもメールくださいね!

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待っています(‐^▽^‐)


私が今まで歩いてきた道の続きを…


高校2年で一人暮らしを始め、とーっても寂しかったです。

暗い部屋にひとりポツンと。

でも、好奇心旺盛な私は、前々から憧れていたことがあり…

それはバント活動です。

ずっとピアノを習っていたので、キーボード担当をやってみたくて。

当時は(今も?)バンドのメンバー募集する雑誌があり、これだ!と思うところがあり、情熱的な?メールを送り、採用!!

ボーカルSちゃん。ギターSくん。ベースMさん。

色んな曲もやったし、ライブもやりました。

それで、ギターのSくんと付き合うことになるとはそのときは考えもしなかったのです。


それが最初の旦那です。

7年付き合って、結婚!しかし!

結婚してから知ったのですが、借金が…ヽ(`Д´)ノ

大ゲンカです。

でも、お祝儀からちょこちょこ返し、なんとか完済。


そして妊娠。

ここでも、しかし!

2度流産。3回流産すると、「不育症」といって、妊娠は可能だけれど、子供が育たない体と当時は言われていました。

もう、周りに当たりました…m(_ _ )mごめんなさい。

そして、3度目の正直で、なんとか心拍が確認されました。

しかし!もうそのころから切迫流産気味。

お腹の締め付けが日に何度もくるのです。

とにかく安静にしてました。

きっと、体に「異物」が入ったと、一種のアレルギー症状みたいなのかなぁと一人で思っていました。

そして。

次は切迫早産で入院(iДi)

1か月間、24時間の張り止めの点滴がはずせませんでした。


あ、そうそう、実は服薬しながらの妊娠でした。

背中をおしてくれたのは、当時通っていたクリニックの先生。

「薬飲むより、たばこ吸っている人のほうが障害児産まれる確率高いよ」と。

私としては、流産何回かしていたので、障害児でもいいから、産まれてほしい!という心境でした。

障害児かどうかは抜きにして、当時、ふっと「女の子かも」と感じていました。


そして妊娠後期。

担当の医者が、「薬飲みながらの出産待ちはつらいでしょう?」といい、なんだか処置をしていました。

多分、子宮から膜をちょっとはがしたのではないかと思います。

そして!その日の深夜、陣痛が!!

すぐ旦那に病院に送ってもらい、陣痛室へ。

それはもう痛さはすさまじかったです。

旦那は→仕事。。。

一人で頑張りましたよ~


で、朝無事健康な女の子がでてきました!

でも、泣かず、眠っているようでした。

低体温だったそうで、すぐ湯たんぽなんかで暖めてくれました。

すると、すぐ正常に。といっても、すごくよく寝ていたんです。3日目までは…

3日後、睡眠薬がきれたように、ワーワー泣き出しました。

ほっとしました。


服薬していることから、母乳での授乳ができず、哺乳瓶での授乳。

娘が産まれてから、旦那到着。

でも、喜んでいる様子はあまりなく。(今考えると)


それから、実家には里帰りせず、自分の家で子育てが始まったのです。



続く…




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待ってます( ̄▽+ ̄*)

おはようございます!

今は娘が学校へ出ていったところです(´0ノ`*)


今日は私がカウンセラーになったキッカケを…


私は10年ほど前から、うつを抱えて生きてきました。

うつのきっかけは、多分家庭環境。

とにかく会話のない家庭でした。

唯一話せていた弟は、中学のときから、あることがあって、口を全くきかなくなり、さらに会話が減りました。

小学生のときに、パニック発作がでたのを覚えています。

そのときはパニック障害というものがあまり有名ではなく、私もなにがなんだか…

もう狂いそうで(発狂してました)辛く、苦しかったです。

そして6年生では、十円ハゲになり…(-。-;)


そして父からはセクハラまがいのことをされてました。

それを母に訴えても聞く耳もたず。


中学生のときは、まぁ少しは自分の力でなんとか乗り切れて、(親友ができたからかもしれないです)、高校では、電車登校だったので、やはり軽いパニック発作がよくでていました。

でも、学校にいるほうが楽でした。


弟は中学にあがったとたん、原因不明の不登校。

そのうち、家庭内暴力(母への)。

しかし、ある日、私が夜中に期末テストの勉強をしているときに、後ろからペットボトルの中身がはいったやつを背中になげつけられました。

多分、弟は昼夜逆転していたので、夜は早くねろ!ということだったと思います。

しかし、私はもうこの家にはいられない!!と思い、高校2年のときに風呂なしぼろアパートに一人暮らしを始めました。

実家の近くに借りたので、夕食とお風呂だけ実家ですませ、あとは一人暮らしの木造アパート(トイレは和式…)にこもりました。



(続きは次回…)




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