「愛美(娘)はこのクラスの生徒に殺されました」


女性教師のそんな「告白」からはじまる物語。

事件をきっかけに、それぞれの心の底に渦巻く負の感情はどんどん肥大化し、最終章まで連鎖する。そして、それはその後もどこまでも果てしなく広がっていくかのようだ。



愛する者を奪った者への「裁き」は、
決してあけてはいけないはずの心の闇の箱を開いていく。
ひとり、またひとりと。

人はみな、こんな風に独りよがりの世界で生きているのだろうか。

それぞれの独白は、愛する者への愛に満ちている反面、恐ろしいほど自分だけに都合よく、滑稽なほどに自分勝手な妄想で作り上げられている。登場人物の誰一人として共感できない所ばかりのはずなのに、なぜかところどころ自分にも通じる部分があることに気付いた。怖くなった。



一度読み出すと、第1章からもうどうにも止まりません。

自分の闇の箱までも開けられそうで、もう見たくないようなものばかりなのに先へ読み進めてしまう。



何より作者のものすごく切実な思いが込められているようで、その勢いにひたすら圧倒されました。

ラストはかなりぶっとんでますが、
こんなに苦しくて、でも面白い作品には久々に出会ったような気がします。

これは怖い。

いつもの伊坂さんの作品と違う、
というよりいつも読む小説の感じと何かが違う。

それはなんだろうと考えながら読んでいました。



『魔王』とその5年後の『呼吸』という2つの物語で、
それぞれ別の人物の視点から描かれているのだけど、
登場人物はもちろん、物語の中心となる語り手の2人さえも超えた鳥の目線で誰かが俯瞰しているような何だか得体の知れない不穏な目線を感じる。

それは作者なのか、

この世のものではない何かなのか、

数知れない人々の様々な思惑のようなものなのか、

何かはよくわからないけれど、
読みながらどこにも自分を委ねられない居心地の悪さがあった。

人間の心理の曖昧さ、
群集心理の怖さなども感じる作品だけれど、
今自分が持っている考えなど自分が「自分」だと思っているものすべてが何かに「操作」されて作り上げられたものかもしれない

…と思えてならなかった。


いわゆるあっと言わせるオチとか、
大きな波のある作品ではないけれど、
社会や人間の本質的な部分について問いかけているような、
「大きな力」に対する個人の在り方を考えさせられるようなそんな気持ちになりました。

でも結局はよく分かりません。

『魔王』の姿は見えないまま。


この50年後の世界を描いた、
『モダンタイムス』もすごく気になります。

「家がお終いになっちゃう前に、お兄ちゃんに出て行ってもらおうよ・・・。」


バランスがとれていた。
そう、10年前に出て行った兄が帰ってくるまでは・・・。


みんな少しづつ歪みながらも、お互いのそれに気付くことなく、

違和感を感じたところでそれを無理やりパズルのようにあわせて表面には噴出しないように何かを押し込んできた。そんな平凡で平和そうな家族の絵があった。


家族の一人の死をきっかけに、その絵が、そのパズルがバラバラと恐ろしいほどきれいに崩れていく。

『ゆれる』の西川美和監督の作品なので、

じっとりリアルな空気感が漂っているだろうとは予測していたけれど、想像以上の胸焼けのような不快感を感じてしまってました。


息づかいがリアルに聞こえてきそうな、観たくないものを観てしまったような変な感覚に終始陥ってしまう。

嘘だと思っていたことが真実で


真実に見えるものが嘘で



もしかすると、今生きてるこの世界自体そうなのかもしれないけれど。



嘘つきの兄と、嘘が嫌いな実直な妹。
そんな対照的な兄妹の間にある根深いもののそもそもの始まり・・・それは「蛇イチゴ」



観る側に委ねられた真実は・・・どっち??

青山真治監督作品。
『ユリイカ』 『Helpless』に続く三部作の完結編らしい。


この2作品はまだ観てないのだけど、この映画ひとつで観てもなかなかいい作品だったように思う。



母親と、母親に捨てられた息子の物語でもあり、女たちの生き様というか強さのようなものを表現した映画のようだった。

私的には・・・石田えり演じる母親の強さや深さを感じると同時に、

いやそれ以上かもしれないけれど、ある種の怖さを感じた。

どんな不幸が襲ってきても、誰にどう思われようともそれらをすべて受け入れてしまえるのだから。

受け入れて、未来のことを考えて生きていこうとする半端じゃない信念。


怖いくらい深く母親としての彼女に浸みわたっているものがあったのかもしれない。

とにかく終始、石田えりに翻弄されました。
映画の中の登場人物も、観客の私も。

キャストは他に、浅野忠信、宮崎あおい、オダギリジョーなど豪華。


浅野忠信もやっぱいいですね。

何かが内側からモレてるんだな・・・なんだろう、色んな渦巻いてるものを冷静な表情で上から覆ってるけど少し透けてる、みたいな(笑)やっぱり魅力的な役者さんだ。



ずっとなんとなくモヤモヤしたものがあるのに、ラストがなんだか滑稽でなかなか素敵だ。



期待通り、終わった後にはちゃんと私の好きな何かを残していってくれた映画でした。


3部作、全部観るぞ~~

キム・ギドク監督作品。



ヨジンとチェヨン。

仲のいい2人はヨーロッパに行くために、援助交際をしている。


それはチェヨンがモーテルで男たちと会い、その間ヨジンは見張りとお金の管理をするというもの。

チェヨンは援助交際をいつも笑顔でこなし、ヨジンはそれが理解できない。

2人はいつも銭湯でお互いの体を洗い合っていた。ある日モーテルの中でチェヨンが警察に見つかる。

そしてその瞬間、チェヨンは笑顔で窓から飛び降りた。チェヨンの死をきっかけに、ヨジンはチェヨンが稼いだお金をチェヨンの寝た相手と会い、行為の後お金返すという行為を繰り返す。そこからヨジンと父親が運命が激変してゆく・・・.



正体の分からないモヤモヤしたものがうずまいている。


答えらしきものはこの映画には何もないのかもしれないし、

それでいいのかもしれないけれど、なんとも言葉に表しようのないこの感じ(笑)

不穏な気持ち・・・。

『春夏秋冬そして春』もそうだけど、キム・ギドク作品は、

人の心の中のどうあがいても抗えない愚かな部分が衝動的に引き起こしてしまう行動が激しくてリアル。

人間という生き物がこの地に現れた時から心の奥底に持ってしまっていた悪(原罪?)のようなもの。
ヨジンの父親が娘の援助交際を知ってしまった後の行動は、まさにそれに動かされた行動のように見えた。

そして、いつも天使のように微笑みながら援助交際し、嬉しそうに窓から飛び降りるチェヨンは、まるでそれとは対照的な存在として見ることもできる気がする。


ラストの父が娘に車の運転を教えるシーンは、痛い。
一人残してしまうことになるであろう娘へ、一人でも生きていけることを願いながらのつぐないだったのだろうか。何も言葉で伝えられない父親の不器用な愛情だったのだろうか。

輪廻転生やカルマなど、仏教的な思想、要素を含む作品。

痛くて厳しい目を持っているけれど、優しい。

目を背けたくなるような醜い部分を観せつつも、

最後には一筋の希望というか、救いがぼんやり見えるところが好きです。



どこか神話的な感じを受けた作品でした。