いつかきっと~起立性調節障害からの足跡~ -16ページ目

いつかきっと~起立性調節障害からの足跡~

いつかきっと元気だったあの頃が戻ってくるよね。

真っ暗だったトンネルに小さな光が見えたから。



保健室登校となった私。

毎日具合が悪くて、保健室のソファーが私の特等席のようになっていました。

日があたってぽかぽかするソファー。

そこで、先生とお話したり、ちょっとだけ勉強したり、寝たり。

保健室のベッドが嫌いだったので、横になるのもそのソファー。

保健室に生徒がいるのは休み時間くらいだったのでね^^

そんなふうに、残りの二学期を過ごしていました。

たまに授業に出てたかな?

本当に、その辺があやふやで…;



「冬休みに入って少し休んだら、体も良くなると思うよ^^」と保健室の先生に言われ、中学生最後の冬休みを向かえました。



冬休みに入ると、みるみる体の調子が良くなりました。

自分が、起立性調節障害(OD)だった事を忘れてしまうくらいに。



そして、新年を向かえ、お正月。

母と弟と一緒に、買い物へ行きました。

そして、そこでなんだか急に具合が悪くなり買い物を中断して帰ることにしました。



なんで急に具合悪くなったんだろう…?

あ、私そういえば病気持ってたんだった!!



自分でも、そのことを忘れていた事にびっくりなのですが…笑



それをきっかけに、私の体調はますます悪くなりました。





昨日は、感情のままにブログを書きました。

言葉にしたら、意外とスッキリするものですね^^

私が、そう思ってること、母にもなんとなくで伝えました。

「みんな、いろちゃんはそれが(出来て)普通だって思っちゃっててんだね…」と母。



前はそんな事思わなかったんだけどな…

これはどういう事なんだろう?



話は変わり、お部屋の掃除をしていた時に出てきた、前籍高校の名前札と校章。

懐かしいな~と思いながら触りました。

制服は…もう無いのかな?多分。

その高校での楽しい生活を思い描いてた中学生の時。

きつく辛いがピークだったそこでの一年。

今でも、高校の前を通ると、少し怖い気持ちになります。

まあ、それも無理はないかな…





弟がテストが返ってきたそうで、「学年で満月位だった」とクールに。
家族は「おー!凄いじゃん!」と。
そこまでは、私もへーと思ってました。


そこから…
頑張ったからと祖父からお小遣いを貰っていた弟。


え、ちょっと待って?
私それよりも上の順位とってたのに当時何も無かったよ?
なんなら、1位だってとってたよ?


頑張ったからお小遣い。
私も頑張ってたんだけどな…
私は、そのくらい出来て普通だって思われてたのかな…
なんだか悲しくなりました。
満月満月ちゃんは出来るから^^って、それだけで片付けられるって悲しい。


別に、元々持ってるものとか、そんなんじゃないと思う。
頭のレベルなんて、元々はみんなと然程変わらないと思うんだけど。


当時は何とも思ってなかったけど、こうやって、弟にはあって私にはないってなると、ああ、私はそれくらい出来るのが普通だって思われてたんだなと…


確かに私は誰かのために勉強やってた訳じゃないし、自分のため、あの子に負けたくないって思わせた私の負けず嫌い、だったらいいじゃないかって思うけど…違う、そうじゃない。


祖父からお小遣いを貰いました。
多分、私が「うちは1位だって取ってたのに、ご褒美だなんてそんなの無かったのにー」って言ったから。


お小遣いが欲しいからそうこと言った訳じゃない。
そういうことを言いたいんじゃないのに…


出来る子、やれる子、昔から意識していた訳じゃないよ。
無意識だった。


なのに今になって、何だか悲しい。