新たにロゴの印を造りなおした。少しそっけないような気もしたし、なんとなく「平田」に見えてしまう。
そしてAMENITESとの関連性が薄かったのもある。
「田」の字の箇所をAMENとの関わりをあらわすために螺旋形状とした。
それと「示」の文字を微妙に「子」の字と結合。
これで旧姓のすべての漢字が内在することになった。
あくまでデザインなので文字として読めなくともかまわない。むしろそのほうがいい。
ちなみに最近よく螺旋というシンクロが多い。いたるところで関係なさそうなところでやたらと誰かの口から飛び出してくる。和紙でこよりをよる人との関わりが深くなったというのも面白い。
しかしこうしてみると逆に以前のもののほうがシンプルでいいような気もしてきた。
気分で使い分けるか、あるいはまた造るか。いずれにしろ気分次第。
左はダイソーの名刺カード。普通はこれ。
右は白鷹深山和紙。水切りしてすぐ印を捺したのでにじんでしまった。これはここぞという時に出す。
多分今後もう少し変化することになるのだろう。
昨日今日と既知の方々に配った。
「住所と連絡先が読めないんですが…」という声が大勢。
「どうせそんなとこ見ないからデザインですよ。」とか「無理やり解読してださい。」、なんて答えたり。
実際見ないんですよね、あまり。
それと日本人って、特に英語に疎い日本人は英文が綴ってあるだけでオシャレだと勘違いしてしまう傾向がある。それは文字ではなくデザインとしての認識しかないから。逆も真なり、なのかな。異国人が意味合いそっちのけで漢字をデザイン的かっこよさで取り上げるように。意味を知らないからこそデザインとなりうるのか。
そういえば自分自身、服に記載された英文なんぞまったく気にもしてなかった。意味を知ろうとさえ思わなかった。外国経験豊富な友人とカナダ人とでしゃべってたら、おもむろに自分の服にあった「UNDERTAKER」という文字を指摘される。なんだと思えば葬儀屋ということらしい。墓堀人という意味が強いのだろうが。そういえばそんなリングネームのプロレスラーいたっけな、なんて話をして。なんのことはない近頃話題の「おくりびと」ということなのでしょう。その服を見る目が少し変わった。
また別の日にその友人に指摘された。今度の服は「I am looking for the past.」。10年以上着てたTシャツだが、その時まで気付かなかった。pastってなんだっけ?初歩的な英語を失念。友人は「意味を知ろうが知るまいが、まさにちゃんと選ばれているんですね。」といって意味を教えてくれた。聞いて納得、少し恥じる。
メッセージは適切な時期にちゃんとやってくる。それを気付く時がまさに。目に入った時ではなくそれを認識した時。かたわらに常にあっても気付きがなければ無いのと同じ。
最近頭に触覚でも伸びてきたのか、感知する頻度が少しずつ増えて来た感じ。