最近「ボランティア」という言葉がひっきりなしに登場していて
どうも違和感というか個人的に思うところがある。
私は病院内でのリフレクソロジーのボランティアと
地域の産後ボランティアをやっています。
どちらも自分から「やりたい!」と思ったので
志願して、月一回ほどさせて頂いています。
リフレのボランティアは本来の補完療法としての存在を知ってほしいから自分から提案して始まり、産後ボランティアは荒川区の事業としてやっているものに参加しています。
ボランティアって無償というイメージがありますよね?
ボランティアという言葉の意味を知ってますか?
自発性、無償性、奉仕性を原則に共に活動する
とコトバンクに書かれていました。
「を原則に」
です。
自分からやりたいという自発的な姿勢があることで
初めてボランティアは成り立つんですね。
語源はラテン語のVoluntasからフランス語のVolunte(喜び・精神)。
そして、無償とは?
1 報酬のないこと。また、報酬を求めないこと。「無償の奉仕」
2 代金を払わないでいいこと。ただ。無料。「無償で貸与する」
とあります。
一つ、違和感がある出来事がありました。
それはダンスの依頼などを頂戴するのですが
それ自体は大変ありがたく、光栄に思っています。
依頼の時に最近多いのが(以前はなかった)
昔はなかったことが起きています。
それは
「ボランティアでやっているのでギャラはでません」
「チャリティイベントなのでギャラはでません」
という前置き。
私は特にダンスを生業としてはおりませんので
ギャラを前提にお仕事をさせて頂くわけではありませんが
どうも解せない(-_-メ)
ギャラが出ないことにではなく、
そもそもボランティアというのは自分から自発的に行っているもので
本人たちがやりたいことなわけです。
それをなぜこちらにも求められるのか?
ただし、私がその活動に賛同すればそこはなくなるんです。
順番が違うんです。
なぜ、なにを、どんな思いでやりたいのか?
そこが重要なんです。
ボランティアとは社会的な地域的な活動にみんなの想いが集まって
できた何らかの奉仕ですよね?
だから、私も「やりたいな!」と思えば金銭は関係なくやりたいと思うし、
協力できたらいいなって思う。
それがアイルランドのためなら・・・と(昔は思っていたけど今はちょっと利権が絡んでいたり商売としてやっている人が増えすぎててちょっと同じ想いではなかったりするのでまた難しくなってますが)も。
でも、頭から「ギャラなしでお願いします!」
とお願いするのは道理に合ってないと思うのです。
昔はなかったから生業とする稼業として行っている方が増えてきたというのも影響しているのかな~?
なんというか、ボランティアって精神だと思うんですね。
ボランティア=タダ働き
みたいに勘違いしている人が多いのかな?という印象があります。
どちらにしてもお金を払う、とか払わないの問題ではなく、
活動自体、精神自体をボランティアと呼ぶのかなと思っています。
それとボランティアを言い訳にしている?と思うこともあります。
「ボランティアだから」というのもよく聞きますが
これって言い訳にしか聞こえません。
報酬があろうがなかろうが”仕事”に変わりはありません。
確かにもちろん人間ですから報酬によって気持ちが違うというのは
当然あるかとは思いますが
逆にボランティアをしてまでやりたい!と思っていることなんですから
自分が本当にやりたいこと、なわけですよね?
なのに「ボランティアだから」「無償でやっているので」というのは
単なる言い訳とか都合の良い逃げなような気がするときがあります。
なんというか、、、
ボランティアだからっていい加減にやっていいの?
と疑念が起こることが多すぎる。
結果的に「ボランティアだから」というのは言い訳にしてもいいですが
鼻から「ボランティアだから」ということでやるのはどうもしっくりこないのです。
ボランティアだから失敗するのが当たり前とか
ダメなところがあっても許してね、
というのはそもそものスタートがおかしい。
そんな意気込みでやるなら奉仕される側も嬉しくないのでは?
でも、何を求めるか、どのレベルを求めるのか、
などによっても違いますけど。
それなりの結果にするならやっぱり餅は餅屋ですからプロに頼むほうがいい。
始めたころは失敗もしょうがないし、当然プロではないのだから
色々大変でしょうが毎回、とか何年も同じ言い訳しているなら
それはおかしい。。。
「俺たちはボランティアなんだ!」
と声高らかに言うのは逆にアイデンティティになっているか
防御策になってるのかもしれませんがそこに同情も何もありません。
ボランティアでも全く無償ではない場合もあります。
お金を取っていることもありますが、経費は必須です。
ただ、経費よりも明らかに徴収しているケースもあり、
その場合は使途を明らかにすべきではあると思いますが。
とにかく、お金よりも精神。
お金もエネルギーの代金、なんですが。
いざとなれば「素人だから仕方ない」という甘えがあるのって
結局、奉仕ではなく、自分のエゴのため。
ボランティアって自分のためにやるものですけどね。
それを他者へも強制させるのは道理に合ってない、という話です。
ボランティアやってると褒められたリするんですが
それは違うんです。勘違いされている方が多い(>_<)
偉くもなんともないですよ。自分のエゴのためにやっていた。
もちろんエゴじゃなく、基本は自分のためにやるものの先に奉仕があるのですが。
震災ボランティアやっているときに身につまされたことがあります。
それは自分のためだけにやっていた、と気づいたんです。
自分がじっとしてられなくて、やってあげる姿勢でやっていた。
だから相手の反応や結果をもとめていました。
被災者を利用していた、と気づいたとき驚愕でした。ショックでした。
それで震災ボランティアをやめました。
未熟な私は他者を助ける、奉仕する資格がなかった。
帯状疱疹になってまで身体の痛みを押しながらやっていた自分。。。
奉仕は自分を犠牲にしないのが本来の活動で真のボランティア。
そこにエゴが入ると真逆の行為になる。
ということを学んだ経験です。。。
精神は心とは別です。
例えば、コンサートやイベント。
長くなったのでこの続きはまた次回。