パレード終了しました~。
今年は沿道の見物人数が多かった(外国人の方も)ですね~。

パレード後、ギネスを飲みながら久しぶりに会うアイルランド関係の
古い友人とアイルランドのことを話していました。

『時代や周りの環境や人が変わったけれど私たちのベースは変わらない。
アイルランド人のあの独特なホスピタリティに感動してアイルランドファンになった。
そしてこうして20年以上もアイルランドを愛していて、その愛が継続していて、
色んな人とそのことを分かち合いたいから関わりを持っている(ハープとかダンスとか)・・・』
という彼女の言葉に

そうだ!アイリッシュ・ホスピタリティに触れて、
アイルランドの大ファンになったんだった・・・
そしてそのホスピタリティを多くの人と分かち合い、
知ってほしいと思ったからアイルランドにずっと関わってきたんだった。。。

とあらためて熱い想いが蘇った。


どこでもいいんじゃない、外国だからじゃない、
音楽からじゃない、ダンスからじゃない、
なんでもいいんじゃない、アイルランドじゃなきゃダメなんだ!

すべて、彼らのホスピタリティ、
彼らに触れた感動があったからそれを伝えたい、
と思っていたのだった。。。


初心に戻った。
長くこの世界にいて、ライヴするのとかダンスで呼ばれるのとか
当たり前になっていて、忘れていた。(反省)


何と言うか、、、自分のためだけではなくて、
とにかくアイルランドが好きなんです。。。

アイルランドの全てが・・・

そこに全てがあるな~と。


アイルランド人がくれたホスピタリティ。。。

なんともいえない彼らのホスピタリティ。。。

なんてすばらしい人たちだろうか。


だから彼らと、アイルランドとつながっていたいし、
彼らの役に立ちたいし、助けられることがあればやりたい。
彼らのことを知らない人にもその素晴らしさを伝えたいし。

人と人とのつながりなんだよね。
それを忘れちゃ何も意味がないんだよ。
特にアイリッシュとは。

心と心のふれあい。
音楽もそう。

自己顕示ではなく、誰かとの関わりがそこにある。

だから音楽やるときも踊るときも常に本場アイルランド人に
敬意を払い、やらせてもらっているんだ、と思う。

本場の人にはすべてが叶わないけれど、
ファンとして彼らにマイナスになるようなことや中途半端な行為や
適当なことはしないようにしていかないと・・・
間違った情報とかでなくて忠実なアイルランドを・・・と
あらためて思った23回目のセンパトウィークでした。


これからもできるかぎり、アイルランドの文化や歴史を忠実に、
アイルランドの素晴らしい伝えていきたいな~(^O^)/

いよいよ、今年もやりますセンパトパレード!
(もとい、私が主催者ではないので『参加させて頂きます』!!!)

今年は15日♪

六本木で始まり、2回目以降は毎年表参道で開催されて
もう24年?震災のときのみ中止となった他は全て開催されました。


私は表参道の2回目?たしか92年か93年にボランティアから参加。
始めは少人数だったから今みたいに大きなものなく、
歩行者の中に風船持って歩いてただけで他の方々に怪訝な顔で見られていた。。。
恥ずかしいな~と思いながらも気分はもう最高で、
アイリッシュ~、アイルランド~♪とほくほくと歩いていたっけ・・・

あの頃はギネスはヘネシー社(?)が大元の会社で
ギネスなんて知らない人が多かったから宣伝がんばってた!

90年代はまだ生のギネスがなかった。
昔はカックンと呼ばれ、ロンドンパブギネス(瓶)を注いで、
ガスを入れる機械(タワー)でカックンとやると、
あのギネスの泡が出来るのだ。
その後ドラフト缶が発売され、そしてやっと生樽(20L)が輸入され、
パレードではなんとハーフパイントのギネスが無料で配られていた!!!
そのため、私は何年も(笑)ギネスを飲んでからパレードに・・・が恒例にw

なんだかこう書いているとものすごく年齢が上のように思っている人も多いと思いますが
当時アラ20ですのでまだまだですよ(笑)

その後、パレードには何かしたらの形で参加して一応22年連続出場?!

ボランティア、
ダブリナーズの旗持ち(元常連からダブリナーズスタッフになった経歴)、
ギネス社の音楽隊、、、、
そして自分のダンス協会である日本アイリッシュダンシング協会。
(これのみ自分から参加表明した唯一)


主催者であるINJのコミッティの方々も色々と代わり、
様々なご縁ができました~

継続は力なり。

今ではなんと1,400人規模となり、そして、日本各地で行われるようになりました!!!
すごいですね~。感謝ですね~。


アイルランドなんて知らない人たちも在日の人たちも
多くの人が楽しめる有名なパレード、日本のイベントになりました!


主催者の人たちの努力と参加者の結晶ですねー。
主催者の方々に感謝!
最近では全くアイルランドとは関係のない団体などもありますが
それはパレードですのでご了承ください。。。

とにかくとてもワクワクと気持ちが上がるのでぜひぜひ表参道に集まってねー。


JIDAは人数が少ないので今年はスクールドレス着るのみ、となりますが。。。w
年齢気にせず、コスプレ~って笑われるけどまた着ちゃうから!(笑)
今までの様子はこちらをどうぞ。


パレード後に行くパブも増えましたね~。
昔はBewley'sかPaddy Foley's。
2件とももうない(>_<)さみしいな~


ちなみに全国に広まったパレードだけど、
京都にしかまだ行けてない(JIDAで参加)から、
他のパレードも行きたいな~♪

もうすぐセンパトですね。。。
今年は初めて(?)センパトで演奏しないと気づき、なんとなく昔を思い出しておりました。

[parts:eNozsjJkhAOz1FQjkyTTlPzApAxdXV3f0IJy+7TUxJLSolTbgpzEytSi+NTcpNSUlNQUJjMTAyZjMwMmAwAL6xGK]

私は1998年あたりから2011年頃まで
Pan-Celtic Band Orphan(パンケルティックバンド・オルファン)
に所属し、ヴォーカルとダンスを担当しアイルランドの音楽や
ガリーシアなどケルト圏の音楽をオリジナルアレンジで演奏していました。
※バンドはフィドルの転職による引っ越しの為解散し、
今はリーダー(&主人)である長浜武明がO'phan(オーファン)と
名前を変えて活動しています。

1998年?に今は無き原宿のBewley's Cafeにて初ライヴ。
その後、毎月第一の木曜日に池袋ダブリナーズにて13年間演奏させて頂きました。

その間、数々のアイリッシュパブや大使館関連、アイルランド関連の
ライヴ演奏、地方遠征、文化活動、ワールドカップ、友人の結婚式などアイルランドに関係するものなら何でも本当に色々な仕事をさせて頂きました。

仕事と言っても本業があってもちろんプロとしての活動ではありません。
(今はプロの人が本当に増えましたね。当時では考えられないほど人口増加。。。)

当時は本当にバンドも少なく、アイルランドやギネスを知っている人も
今の半分以下、それ以上だったのではないかな?

アイルランドがとにかく大好きで、必然的に演奏してました。
アイルランドが人生のほとんどを占めてるわ~(^_^;)


実は、、、
驚かれると思いますがライヴは一度も
自分たちから営業をしたことがありません


一度も、です。

すべて、依頼を頂いての演奏でした。

自分たちから演奏をお願いしたことが一切なかったんです。

ありがたいですね。。。

当時は今のようにバンドも演奏枠も少なかったからかもしれません。
それにこの世界は他の音楽業界と違ってニッチな世界。
音楽レベルが低くても(汗)アイリッシュを演奏できる人口は少ないから頼まれていたのかもね~
(意識は高かったよ、もちろん!)

まあ目的自体が演奏することだけではなかったかな・・・
そして、人とのつながりがとても濃かったから。
だろうと思います。今考えるとね。
(今のO'phanもプロの方とやってますがやはりリーダーのポリシー上、未だ演奏の営業というのは全く行っていないそうです)


基本的に自分たちのことは二の次でした。
(だからってボランティアとかで無料でやるってことじゃないよ。それは他のバンドの仕事を奪ってしまうことにもなるからね)

一番の目的はアイルランドに貢献したかった、
アイルランドに関わる人に協力したかった、
喜びを分かち合いたかった、からかな。
(美しすぎて痒いなwでも本当なんだもの)

全てがアイルランド、そして人との関係性、つながり、、、、

それが基本。

アイルランドのために、誰かのために、、、
その場にいる人と一緒に楽しみを分かち合うために。。。
(それじゃなきゃやっちゃいけないってことじゃなくて自分はそうだった、という話ね)


店側が利益があって、お客さんが楽しんでくれて、
相互にハッピーになれることが一番だった。
ですからお互いに感謝の気持ちがありました。

店に利益があればパブが存続できて、私たちもギネスが飲めて、
アイルランド文化が日本に存在できることができて、
アイルランド音楽を聴く人も増える。
そんな気持ちが結果となって、今の状況をつくったのかな?へへ。

ということで集客のためという店側のことを考えて、ライヴの曜日は平日にしてました。
人が必ず集まる週末ではなく・・・


ちなみに私たちが意識していたのはただ演奏することじゃなくて、
そこにいるアイリッシュ音楽を知らない人も知っている人も
全員を巻き込んで盛り上がることをモットーに演奏、というか
パフォーマンスしてました。
とにかくパブに居るスタッフ、客、バンド、その場にいるみ~んなが一緒に踊れるようなライヴをやってた。
エンターテイメントとしてライヴを行えるように。。。
毎週練習してライヴで演奏してたな~


当時の私の自慢は日本の方以外になにより本場
アイルランド人が喜んでくれてた、ってこと。

最初は本当にヘタクソで客にイヤミを言われたり、
ダンスのポイント(ステップ名:つま先のポージング)を
なおされるくらいのひどいレベルでしたw

でも、常連さん、アイリッシュの人たちがオルファンの
演奏を毎月楽しみにしてくれたのはそこに同じ想い、
アイルランドへの愛情があったからだと思っています。

特別な空気がありました。
温かいつながりがありました。

私はそれが大好きで、心地よくて、、、
13年も同じ場所で演奏させて頂けたことを感謝しています。
思い入れのある店でした。
(この話はまた詳しく書きますね。)

でも、時は流れ・・・

もうそういった時代ではなくなってしまいました。

今ではとても演奏レベルも上がり、音楽が本業の方が活躍する時代。


個人と個人(店や会社であっても)、担当者と演奏者、、、
そういった人とのつながりだった時代が終わって、
拡がりを見せる一方、音楽自体のレベルは上がる一方で
人とのつながりが希薄になったなーという気がします。。。
それが「拡大する」ということなのですがね(^_^)

投げ銭、プロ、ギャラ、CD売上、、、

まあ、これはアイルランドファンってゆー私の個人的な一側面からの意見ですが・・・

丸23年、アイルランドに携わってきて、ずっと見てきた人間の想う感慨深いところがあるわけです。。。いろいろね~~~
そうです、単なるアイルランドファンなんです!!!
アイルランドの全てが好き♪
情報なんて無かった時代だから自分で集めて、探した時代。。。
とはいえ20年選手の私より前にも先人が居たからこそ、この環境があるんだって、常に感謝しています。。。

常に延長線上には”アイルランド”への愛がありました。
(おいおい文字にすると恥ずかしいぞw)

そして、日本でのアイルランド繁栄。
ギネスもいっぱい飲んできました!(笑)
だって、パブもギネスも、なくなられたら困るもの~w

自分のためでもありますが一番はやっぱりアイルランドの一言に尽きるんです。。。

なんでもいいわけじゃない。アイルランドありき。
アイルランド音楽、ケルト音楽だからやっている。。



今はバンドはないですがたまに踊ったり、歌ったりさせて頂いてます。
もう演奏しなくなると誰も私のことなんて知る人も少なくなってますが・・・(笑)
たまにセッションとか行くと、「どなた?新人さん?」みたいな(笑)
(セッションもアイリッシュパブじゃないと意味がないんです・・・この話もまた次回)

とにかく、ライヴもセッションもすべては人とのつながりで
続いてます、というお話でした~。



つづく→
以下、予定ブログ。。。(あ、ダンスネタじゃないじゃん(笑))

・池袋ダブリナーズの13年間
・投げ銭制は誰も幸せにならない
・本場と同じじゃなくていい
・センパトパレード23回目の参加♪
・セッションとライヴは違います
・セッションやライヴをアイリッシュパブでやる理由
・演奏のギャラネタ