最近息苦しさを感じる、今日この頃。
別に今日だけじゃない。小学校から感じていたこと。
小さい頃から習い事が多かった私は、友達付き合いも悪かったと思う。幼稚園の頃はまだそう感じることすらできない年齢だったから良かった。
でも、小学校に入学してからその気持ちは凄く強くなった気がした。
低学年の頃は
月曜日に英会話スクール
火曜日と木曜日には水泳教室
水曜日には習字とピアノ。
まだ4校時授業のある学年ならよかった。
中学年、高学年、と年を重ねるごとに周りとの交流が少ないことに気がついた。
途中でピアノが木曜日になったり火曜になったり、英会話スクールが月曜から木曜日になったりと私の生活が一変する事もあった。
幼なじみは隣の家で幼稚園の頃はよく遊んでた。
(相手が寝てることが多くでドタキャンは日常茶飯事だったけど。)
だけどその子も私の都合が中々合わないのを知ってるから誘ってくる事が減ってきた。
ぽっかり何かが抜けてるような、そんな感覚があった。
中学一年ではその生活が嫌で習字をサボってまでも友達と過ごした。中学に上がると同時に英会話スクールも、水泳もやめた。
遊び呆けてたから私の成績は最悪だったと思う。もう、よく覚えてない。
だけど、2年生になってバレー部を辞めたらまたポツンと孤独感にみまわれた。
他にも一応仲の良かった友達はいたから今度はその子達と過ごすようになった。
でも、その過程の中でも孤独感を感じることは合った。
いよいよ受験生、となった3年生が一番強かった。
学校をのぞいて、家と塾か習い事をただ往復する感覚。
それが現状だった。
嫌で嫌で仕方なかった。
でも自分では変えれなかった。
それが悔しくて自殺だって数えきれないくらい考えた。
親の八つ当たりにだって何も言わないで耐えたりしてるのに、まだ何か私を苦しめるような出来事が起こるのかと考えたらいつの間にか私の人間不信が出来上がってしまっていた。
だから高校でも友達付き合い出来る自信すらなかった。
まず、進学したかったところじゃないし。
元々音楽を学びたくて音楽科のある高校に進学するために塾にも通った。
それが、全部水の泡。
何のために通ってたのかが分からなかった。
今の学校に進学してよかったのは部活くらい。
人間不信の気がある私には名前も知らない人と過ごすなんて耐えきれなかった。
興味もない商業科の勉強やって…
無理やり進学させられた様なものだからそれもそれで苦痛でしかない。
『生きる』ってどういうことなのかな?
ただ苦しむため?
死ぬためだけ?
なら最初から私は生まれたくなんかなかった。
幾ら家が裕福だろうが何だろうが、『心の在り処』が大切だと思う。
苦しむためだけなら…
死へと進むためだけなら誰だって死ぬことを選択すると思う。
じゃあ、強くなればいい。なんて言う人はいると思う。でもそれって周りの痛みに気がつかないただの生物。
痛みに鈍感になると何もかもが終わってしまう。私はそう思う。
だって、傷つけるだけでなにも始まらない。
この内容は只の自己チューでしかないけど…それでもやっぱり思うから。
いつもヘラヘラしてるだけが
腹黒いのが
優しい(よく言われること)だけが
『わたし』じゃない。
どんなに悩んだって『わたし』は『わたし』でしかない。
それが、すごくもどかしい…
別に今日だけじゃない。小学校から感じていたこと。
小さい頃から習い事が多かった私は、友達付き合いも悪かったと思う。幼稚園の頃はまだそう感じることすらできない年齢だったから良かった。
でも、小学校に入学してからその気持ちは凄く強くなった気がした。
低学年の頃は
月曜日に英会話スクール
火曜日と木曜日には水泳教室
水曜日には習字とピアノ。
まだ4校時授業のある学年ならよかった。
中学年、高学年、と年を重ねるごとに周りとの交流が少ないことに気がついた。
途中でピアノが木曜日になったり火曜になったり、英会話スクールが月曜から木曜日になったりと私の生活が一変する事もあった。
幼なじみは隣の家で幼稚園の頃はよく遊んでた。
(相手が寝てることが多くでドタキャンは日常茶飯事だったけど。)
だけどその子も私の都合が中々合わないのを知ってるから誘ってくる事が減ってきた。
ぽっかり何かが抜けてるような、そんな感覚があった。
中学一年ではその生活が嫌で習字をサボってまでも友達と過ごした。中学に上がると同時に英会話スクールも、水泳もやめた。
遊び呆けてたから私の成績は最悪だったと思う。もう、よく覚えてない。
だけど、2年生になってバレー部を辞めたらまたポツンと孤独感にみまわれた。
他にも一応仲の良かった友達はいたから今度はその子達と過ごすようになった。
でも、その過程の中でも孤独感を感じることは合った。
いよいよ受験生、となった3年生が一番強かった。
学校をのぞいて、家と塾か習い事をただ往復する感覚。
それが現状だった。
嫌で嫌で仕方なかった。
でも自分では変えれなかった。
それが悔しくて自殺だって数えきれないくらい考えた。
親の八つ当たりにだって何も言わないで耐えたりしてるのに、まだ何か私を苦しめるような出来事が起こるのかと考えたらいつの間にか私の人間不信が出来上がってしまっていた。
だから高校でも友達付き合い出来る自信すらなかった。
まず、進学したかったところじゃないし。
元々音楽を学びたくて音楽科のある高校に進学するために塾にも通った。
それが、全部水の泡。
何のために通ってたのかが分からなかった。
今の学校に進学してよかったのは部活くらい。
人間不信の気がある私には名前も知らない人と過ごすなんて耐えきれなかった。
興味もない商業科の勉強やって…
無理やり進学させられた様なものだからそれもそれで苦痛でしかない。
『生きる』ってどういうことなのかな?
ただ苦しむため?
死ぬためだけ?
なら最初から私は生まれたくなんかなかった。
幾ら家が裕福だろうが何だろうが、『心の在り処』が大切だと思う。
苦しむためだけなら…
死へと進むためだけなら誰だって死ぬことを選択すると思う。
じゃあ、強くなればいい。なんて言う人はいると思う。でもそれって周りの痛みに気がつかないただの生物。
痛みに鈍感になると何もかもが終わってしまう。私はそう思う。
だって、傷つけるだけでなにも始まらない。
この内容は只の自己チューでしかないけど…それでもやっぱり思うから。
いつもヘラヘラしてるだけが
腹黒いのが
優しい(よく言われること)だけが
『わたし』じゃない。
どんなに悩んだって『わたし』は『わたし』でしかない。
それが、すごくもどかしい…