最近、自由ということを考える。
自由という言葉を聞いてどういうものを思い浮かべるか。
自分のやりたいことがやれる。
他人をきにしなくてよい。
人によってさまざまなイメージがあるだろう。
しかし自由というものは不自由である。
政治、法律、習慣、国際秩序などは自由が制限されているから。
そうしないと体制を維持できないため自由を制限する必要なのは理解ができる。
自由とは人1人1人にそれぞれも自由があり、その自由を制御しようとするのは不可能である。
話は戻るが自分が自由について考え始めたのは自分が他人と接するのが嫌いだからだ。
他人と接するうえでまずぶち当たるのは「礼儀」という不自由だ。
まず社会にでると丁寧な言葉を使う必要がある。
だが幼少期からいままでつかった日本語の形を用いた方が自分の意見をそのままの形に近いものを伝えられるのではないか?その方が効率的ではないか?
しかし社会には「礼儀」という習慣がある。なので実際に社会に出た時、「礼儀」を用いた方がコミュニケーションを取る上で効率がいいというか使わないとコミュニケーションができないことが多い。
このようにもうどうしようもできない不自由もある。
しかし、自分が自由を選ぶこともできる。
結婚、就職、人間関係、居住、思想。
人と関わると不自由が増える。
だから結婚しない。人と関わらない職に就く。人間関係を制限する。親の介護しないと宣言する。宗教に入らない。
いっぱいある。
結婚した人は結婚していない人より優れているとか馬鹿か。
親は介護必要になったら施設入れ。
社会にでたら理不尽なことがあるから今のうちに理不尽なことを経験しておけ。馬鹿か。
なぜこれが理不尽で、正しいことはこれで、どうやって対処するのかを教えろや。
宗教勧誘すな。
愚痴とまらんわ。
最後にいつかのひろゆきのトゥイッターに書いてた好きな言葉紹介する。
年上を敬えべき ←正しい
年上の言うことを聞くべき ←正しい
年上が言うことは正しい ←間違い
年上に従うべき ←間違い
老害くそが
