イスタンブール
明後日からイスタンブールに家族旅行。
イランに駐在するまで知らなかったが、イランとトルコは国境を接している。
イランとトルコに国境に接している国どーこだ?
答えは「イラク」。
そう考えると、この辺りって、やっぱりやばいのかな。。。。。
イスタンブールには美味しい日本食屋がたくさんあるらしい。
毎度の事ながら、今回も日本食屋にいっちゃんだろうな(何てったって、イランには旨い日本食レストランがないので、どうしても海外に出るとついつい日本食屋に行ってしまう。。。。)
もう彼此、この2年で6回ぐらい旅行で欧州に出かけたが、かなり日本食屋通になったと思う。
ひょっとしたら、「欧州日本食レストラン紀行」なんて書けたりして(笑)。
一番旨かったのはパリの「YEN」。あそこは最高だ。
話が相当それたが、兎に角イスタンブール楽しんでくるぞ!
秋テニス
穏やかな秋空の下、今日はテヘラン日本人会の秋のテニス大会。
テヘラン日本人会の精鋭64名(1チーム8名の8チーム)がしのぎを削り、優勝を目指し汗を流した
大会を取り仕切って頂いた幹事の大使館さん、本当にご苦労様でした。参加させてもらった一員として本当に感謝です)。
過去に参加した大会に比べると今回の大会は相当テニスのレベルアップが計られた気がする。
何度も同じ枕詞で恐縮だが、娯楽の少ないテヘランではテニスもみんなの楽しみの一つ。
夜の接待(2次会、3次会)がないぶん、みんな結構健康的な生活を送っており、週末は毎週テニスの練習をして、テニスの技術磨いている人が多い。
その為、結構、みんな試合の時はマジで目の色が変わる。。。。
今テヘランに住んでいる日本人って、多分300人ぐらいなんだろうけど、ちょうど纏まりのよい規模で、どこの誰々という感じでみんながみんな知り合いみたいな感覚でお付き合いが出来ており、日本人としての一体感が保たれている。
この秋テニスには今年で3回目の出席。
来年もまたこの大会に出たいという気持ちがあるのと当時に、会社とのコミットメントを考えると、来年はこのテニス大会に参加していない可能性も高く、少し寂しい気持ちになり、なんとも複雑な気持ちである。。。。。
日記
実は2000年1月1日からずっと一日も欠かさず日記を書き続けている。
今から6年ぐらい前に台湾との仕事でよく台北に出張してた。
その飛行機の中で読んだ雑誌に、ある著名な経営者が忙しい毎日の中で一日一つぐらい心に残るを日記に書きとめておくことで一日一日を大切に生きたいと言う記事があった。
その記事に感銘を受け、自分でもいつか過去を振り返った時、その当時の心の状況や自分は何を感じ、何を築いてきたのかを形に残すのも良いのでは思い、以来ずっと日記を書き続けてきた。
その日記もすでに6冊目。
日記を書き始めた時、ブロクなんてなかった。
このブロクに出会わなければ、多分その日記をいつまでも書き続けていただろう。
日記とつけ始めた当時と比較してネットの世界も大きく変わり、何の縁かこのブロクに出会った。
昔の人は、良い事を言ったものだ。
「継続は力なり」
今日を機にその日記の機能をこのブロクに置き換えようと思う。
欧州サッカー
娯楽の少ないイランでみんなの楽しみの一つはサッカー。
ここでは地上局の放送で毎週末リアルタイムで欧州のサッカーが見られるので救われる。
セリエA、プレミア、リーガエスパニューラとその日の主要カードが見られるのだが、当日になるまでどの対戦が見られるか分からないのが難点。
でもまあ、リアルタイムで見れるのだから許そう。
昨夜はチャンピオンズリーグの第3節。
バイエルンミュンヘンVSユベントスという好カードが見れた。
昨日はこの試合を見るのを楽しみに仕事をしていたようなものだ。
そういえばバイエルンにはアリ・キャリミというイラン人プレーヤーがいる。
結構イラン人の有名なサッカー選手はブンデスリーガで活躍しており、イラン代表ってレベル高いんだよね。
そうそう今年の3月に日本代表もイラン代表と戦ったけど、負けたし(日本代表がテヘランに来た時の話は、色々あり過ぎて、1日、2日じゃ掛けないので、時間のあるときにゆっくりと書きます。日本代表とツーショットの写真とかバシバシ撮れた話とか)。
日本にいたら、仕事もあるから殆どリアルタイムでチャンピオンズリーグなんてみたことなかったから、サッカーファンにとってリアルタイムでチャンピオンズリーグが見れることほど嬉しいことはない。
一昨日の食事の話
昨日の続き。
オードブルの次はメイン。
こういったParty形式の集まりで刺身類が出て来たのは、日本大使館で行なわれた新年の会以来だったと記憶している。
つまり、極論すると半年間は公の場で刺身を食べていないことになる。
「かつおのたたき」以外にも「鳥のから揚げ甘酢風味」「手羽先」「八方菜」どれも日本の味がした。
イランには基本的に外国人のコックが存在しない。なぜなら79年の革命後、外国人のコックにビザを発給していないからだ(多分、イラン人の雇用が奪われるというのが理由で外国人のコックにビザを発給していないのだろうが、イランに住んでいる外国人居住者には旨いレストランがほとんどないのはたまったものではない)。
ごはんものは、「いなり寿司」と「やきそば」。
日本では絶対出てこない取り合わせ。
でも、イランでは「あり」。
なぜ、こんなたくさんの美味しい食事が出てきたのか、色々とその家主に聞いてみると、イラン人と結婚した日本人妻を料理のスーパーバイザーに起用しているらしい(すばらしい)。
うちにはフィリピン人のコックがいて、そのコックに日本食を教え込んでいるが、何か言葉には表せない微妙な味覚の違いを感じてならない。。。。。。
料理って奥が深いね。
おっと、忘れていた。
番外編:そういえば日本食のラインナップからは外れるが「羊の○玉」も出て来た。
みんなが「これなにか分かる?」って、ゲテモノ以外の何でもないのは丸わかりで目の前に皿を突き出してた。
なんとなく白子を固めたようなものを輪切りにして塩こしょうと油で炒めただけのものを見て、多分羊の脳みそかななって、然程驚く程もなく口に入れた。
なんとも濃厚な味。
決してまずくはなかったが、好き好んでたべるものでもなし。
「羊の○玉」食べても驚かずに、普通のごくありふれた日本食が出てきたことに驚く自分。
普通の日本人からだんだんずれていっているのではと心配になるばかりだ。。。。。。
一昨日の食事の話
一昨日、ある企業さんのゲストハウスで出てきた食事のうまいのうまくないのって、どっちなんだってぐらい旨かった(この口調って、相当古いっすね)話をしましたが、あまりにその味が感動的だったので、今日もこのネタから。
多分こんなネタでブロク書けるのは、イランに住んでいる俺ぐらいでは。。。。
しかもこの後繰り広げられる話を考えると、相当おれって一般の日本人からずれてるのではと少し心配になって来た。。。。
でも、続けよう。
イランに駐在して2年経つが、一昨日の日本食がイランに来て食べた日本食の中ではピカイチだった(自分のゲストハウスで出している食事<フィリピン人に教え込んで作らせた日本食>とは比較にならなかった)。
まずは、メニューから紹介。
オードブル
「かまぼこのいくら乗せ、韓国風チジミ<たこ入り>、アメリカンドック一口サイズ、クラッカー&キャビア」
メイン
「鳥のから揚げ甘酢風味、鳥の手羽先、かつおのタタキ、八方菜」
ご飯もの
「いなり寿司、焼きそば」
その他
「羊の○玉」
ウオ~~。すばらしい。
皆さんにとっては、なんの変哲もないごくありふれたメニューであり、しかもいなり寿司と焼きそばとキャビアが一緒にでてるなんて、と思いになる諸君。
イランで食べられる日本食にはルールは要らないのです。たくさんのメニューが食べられることが重要(次にいつそのメニューが食べられるか分からない為)。
イラン在住の日本人なら、「えっ、こんなメニューを一度に出せるゲストハウスあるのと?」とある意味視点が変わった質問が飛んでくることでしょう。それぐらい上記のメニュー自身が貴重なのです。
ではオードブルで出てきたメニューについての感想を。
勝手に名前を付けさせてもらった「かまぼこのいくらのせ」から。
板に乗ったかまぼこを1cmぐらいづつに切り、頭の部分を割ってそこにいくらをのせたもの。
新鮮なかまぼこなんてイランで食べたことなかったのであの食感はなんともいえなかった。いくらも去年の年末に日本に帰った時に食べて以来。
透き通りような白色のかまぼこにいくらが乗ったその食感たるや思わず目をつぶって上を向いてしまった(涙)。
つづいて「韓国ちじみ」
これも当地では貴重。っていうかこの2年の駐在で初めてたべた。多分、水に小麦粉を解いて簡単に出来に出来るクックDO系だろうが、そんなの何でも良い。うまければ。
お次は「アメリカンドック一口サイズ」。
最初何か分からず、鶏肉のフリッターかと思いきやアメリカンドック(フリッターの中にソーセージが入っているやつ)。口の中に入れ、まずはアメリカンドックだったことに感動。久しぶりの食感でこれも少なくともイランに来てからは食べてないので相当懐かしかった。
そんなの自分で作れば食べれるいいジャンという読者がいるかもしれないが、アメリカンドックわざわざ作る奴はいない。
最後は「クラッカー+キャビア」。
実はイランはキャビアの輸出国。イランに来て唯一といって良い程良かった点は、このキャビアが日本の市価の10分の一以下で買えること、それとキャビアの目利き(旨いキャビアとそうでないものの見分け)が出来るようになったこと。
このキャビアも旨かった。日本で食べたら1万円分ぐらいはするであろう分ぐらいは一人で平らげたかな。
オードブルだけでこれだけ書けてしまう自分はなんと貧しい食生活を送っているのだろうと少々惨めになってきた。。。。。
続きは明日。
日経新聞
今日は木曜日ですが、イランでは日本でいう土曜日。ということでお休みでした。
お休みといっても、週休二日が浸透している訳ではないので休んでいる人もいれば、そうでない人もいる(でもラマザンなので、殆どのイラン人は休んでおり仕事にならない)。
と、いうことで俺も休みにした(でも、東京はWorking Dayなので、なんとなく心苦しい)。
今日は、一週間分の日経新聞に目を通す。
日本と違い日本の新聞が毎日目を通しせるわけではない。
日本の新聞の衛星版があることにはあるが、月2万円ぐらいするので、1週間ぐらいで遅れて送られてくる新聞を会社のみんなで回し読みすることになる。
今日読んだのは10月の第一週間分。
何といっても楽しみは「愛ルケ」。
日本の通勤電車では余りに過激すぎて読む気にならないが、イランで週末纏め読むするには十分楽しめる。
「愛ルケ」の話からはそれるが、日経新聞を一週間遅れで読むのもなかなか風情があるものがある。
日本にいたら新聞情報は、リアルタイムの読み捨て情報だが、当地では貴重な保存情報。
情報の価値もイランでは違う意味を持ってくる。
今日はこの新聞ネタ以外にも、特筆すべき出来事があった。
先週ソフトボール大会があったことはこのブロクでも書いたが、その打ち上げが某所であった。
打ち上げといっても、各社が持っているゲストハウスなる接待所でみんな集まって、わいわいがやがや宴会をやるだけだが、必ずと言っていいほどみんなの注目を集めるのが、そのゲストハウスで出される食事。
前にも書いたが、イランに住んでいる日本人は食事に飢えている。
旨いレストランは一軒もないに等しく、宗教上の理由で豚肉が売っていない。
豚の角煮などで出てこようなら、半年はその話題で持ちきりになる。
今日のメニューには豚の角煮はなかったものと、この2年の駐在で食べた食事の中で一番旨かった。
すごく幸せだった。
こんなネタで幸せを感じられる程、イランの生活のHardshipが高いことをぜひともご理解ねがいたい。
でも、ホント旨かった(ちょっと寄っているので、何のメニューが出てきたのかは別の機会に)。。。。。
赴任記念日
実は今日で赴任して丁度まる2年(つまり赴任記念日って、そんな記念日あり?)。
そう、2年前の2003年10月12日は、忘れもしないイラン駐在の赴任日なのです。
丁度2年前の今日、成田を出発しルフトハンザ航空でデュッセルドルフ経由で深夜にテヘラン入りしました。
飛行機から見えるテヘランの灯りは何となく薄暗かったが、可也の範囲に灯りが広がっており、思った以上に電気が通じているんだなと思ったのと同時にうわ~、ついに来ちゃったよ~という期待と不安が入り混じった感覚があったのを覚えています。
飛行機を降りた後、薄暗いイミグレーションを通り、会社の先輩が迎えに来てくれておりほっとしたのも束の間、空港に家族を迎えに来ているイラン人にもみくちゃ。
イラン人にとって外国に行くのはある意味ステイタスなことであり、その見送りや出迎えに来るのもその親戚や家族にとっては名誉なこと。みんな総出で出迎えるので、そりゃもう空港の出口はいつも大混雑。
テヘランでは冬にはスキーが出来ると聞いていたものだから、手荷物でスキー道具を一式もってきた上に、ゴルフバックに大型のトランクも3つぐらいあり、出迎えのイラン人にもみくちゃにされ、そりゃもう大変でした。
テヘランに降り立って、もうひとつ今でも鮮明に覚えている記憶があります。
それは排気ガスの臭い。
アジアの後進国に行くと排気ガスの匂いが鼻につきますが、このテヘランでも以前出張で行ったバングラディシュのダッカと同じ臭いがした。
なんとも言い難い懐かしい匂いがしたのを今でも鮮明に覚えている。
あれから2年。つくづく感じるのは時間が経つのは早いなあってこと。
日本を離れ、2年も経つと体の時間軸がイランの時間軸になれてきて日本に戻ったら日本の時間軸にもどれるか少し不安になってきた。
一応、会社との約束は3年。残り1年。必死で仕事して、何か形あるものを残して帰るぞ。
イラン人は怠け者?
他のブロクを色々見ているのですが、俺のブロクって文章多すぎ?
取引先に行く途中にイラン人の同僚とイラン人と日本人の違いについての話になった。
その話の中でイラン人は日本人より怠け者が多いとその同僚が言った。
イランには原油やガスがたくさん地下に眠っている。それを海外に売って、その収入は国民に還元されるべきものであるから働かなくても生活は出来、必ずいつかは豊かになると考えている人間が相当いるらしい(もちろん全てのイラン人にあてはまることではないが)。イスラム革命はこの理論が根底にあったらしい。
想像もつかなかった回答だが、何と無く説得力があるのが怖い。
地震
一昨日、パキスタンで大地震がありましたね。
パキスタンはイランの隣国。あの地震は他人事ではありません。あまり地震や地層には詳しくありませんが、このあたりは多くの断層があり、日本以上に危険な地震地帯(テヘランの地震係数は東京の2倍)。いつ大地震が起きてもおかしくないのです(テヘランは地震の起る周期としては既にレッドゾーンに入っているらしい)。
2年前にここに赴任してきた時、前任者からテヘランで大地震があったら一声数十万人の死傷者が出ると言われました。確かに街のビルを見ていて、外装はきれいに出来ていますが、中は基礎も不十分で日干し煉瓦を積み上げたビルが多く、地震が来たら一発で倒壊してしまうだろうなと見ていて感じます。
その為、テヘランで家を借りる時に地震のことを想定し、低層マンション(3階建の2階)を選んだくらいです(低層マンションであれば、万が一生き埋めになっても助かる可能性が少しはあるのではないかと判断した次第)。
今回、亡くなられた日本人の方は12階建の1階に住まれていたとの事ですが、日本ではあり得ないと思うこともあり得てしまうのです(日本人の常識が通用しない超非現実的なことがごく稀に起ってしまう)。
地震が起きる地域では可能性として、ビルが倒壊することを想定する必要があると言わざるを得ないのが現実です。
これで次の大地震はテヘランで起る可能性が極めて限りなく高くなりました。
明日は我が身です。
