横浜と神戸どっちが好き?ブログネタ:横浜と神戸どっちが好き? 参加中
私は横浜
いったことあるのは横浜、
生まれたのは長崎です。



さて、
ニューヨークタイムズなどで活躍されているクローディア・ラ・ロコ氏。

彼女による、
「ダンスについて書くこと、ダンスと共に書くこと、ダンスの中へ書き込むこと、そしてダンスを通して書くということについてのレクチャー」
“こどもの城”で受けてきました! 

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なんと神村恵さんのダンスまでみれちゃうという豪華さ☆

いちばん印象的だったのは、
 冒頭「記述すると誤解が生じる。それを愛せるのか!?」
みたいなことを言っていてこれはマジで刺さりました!!

ただ、
レクチャーに関しては少し取りつく島がなかったというか、
やはりクローディアの批評を読んでから参加すべきだったかな、
時間も2時間ないくらい。

彼女のたくさんの言葉をまとめると、
「批評をトレーニングすることの不可能性」ということになるでしょうか。

あと、
書くことの可能性として“訳す(トランスレート)”“記述する”“何も書かない”というのを並べてくれていて、
そこはなるほどなぁと思いました。

つまりダンスという、
とても言及しにくい対象に言葉で迫っていくときに、ダンスを翻訳したり所作を記述したり、内容を捨象したりしながら原稿うめてくんだ、
というふうにもとれますよね。たしかにそうやって対象に迫っていく。

そして、
 “書かない”ことに関してその後膨らませてくれて、
たぶん今回の山場になったとこなのだけど、
1957年に動かないダンスが上演され、それを紙面の空白をもって批評とした執筆者がいたらしく、
確かに厳しく適切な批評ではあったかもしれない!

しかしあんまり広がらない、
無邪気すぎるやり方だなぁというのがぼくの率直な感想。

あ、
あとダンス批評は「“幽霊の審判”にチャレンジしたり許可をとったりしているかのよう…」みたいなことを言っててそのへんはナイスな感じ*

2時間というのがたりな過ぎたのかな、
それとも言語の壁が厚かったのかな、
いやいやもっとぜったい面白いことレクチャーできるはずなんだけど。

彼女自身いまひとつ、
何を望まれているのかしら?
という感じだったのかもしれません。



後半は、
クローディアの詩の英語朗読に神村恵さんたちが即興でダンスを添えるという公演にスライドするのだけど、

それはそれで素晴らしい体験(まるで計算した照明のような西日がさしてきたり)でした。
でもそれもつまりはレクチャーの不可能性を示唆していたということ?


あと別件で、
ダンサーの紹介をもう少ししっかりほしかったです。はじめにご紹介あっての登場ではあったのだけど、男性ダンサーをぼくは存じ上げず、存じ上げない方の名前を聞きとることの困難さを実感しました。
所在なさげな仕草が素晴らしかったのに。


とはいえ、
言葉と身体(所作なども含めて)、
がどう関係できるのかできないのか、
そんなことを考えるいい機会をいただきました。

さしあたって今は、
クローディア氏といえども同じ地平で模索していらっしゃるんだなという共感のようなものを感じています。




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