先日、映画“インフェルノ”(トム・ハンクス主演、ロン・ハワード監督、ダン・ブラウンの小説が原作)を観たら、ダンテの“神曲・地獄篇”を俄然調べたくなった。。。
<※Inferno(インフェルノ)ラテン語インフェルヌスinfernusが元で、イタリア語。キリスト教の伝承の地獄。 ダンテの「神曲」全三巻の第一巻の書名になって広まり、形容詞Infernoが1834年以降英語で使われるようになったとも。>
このイタリアルネッサンスの先駆けとなる、世界文学を代表する作品・“神曲”を読みたいと思っているが、なかなか挑戦出来ないので、映画を観たのを機に興味のある箇所だけを調べてみた。
自己満足の投稿をお許しください!!
『神曲』(しんきょく) 原題、イタリア語 『La Divina Commedia』 ダンテ・アリギエーリ(詩人・政治家)の代表作。
■ダンテの長編叙事詩。1307~21年頃にかけての作。「地獄編」「煉獄編」「天国編」の3部作で構成。信仰による魂の救済と至福への道程を、痛烈な社会批判をこめた中世キリスト教的世界観による壮大な構想で描く。
ダンテは死ぬ間際まで筆を執り、完成してまもなく亡くなったといわれる。
■ダンテはフィレンツェ市政の重鎮に就いていたが、政争に敗れてフィレンツェを追放されることになる。
『神曲』にはダンテが経験した政治的不義に対する憤りが表れており、自分を追放したフィレンツェへの怒りと痛罵も込められている。また、ダンテを陥れた人物は、たとえ至尊の教皇であろうと地獄界に堕とし、そこで罰せられ苦しむ様子も描かれている。ダンテはリアルに有名無名の実在した人物を登場させ、地獄や煉獄、天国に配置している。
■『神曲』は円満な結末を迎える為、原題は『喜劇 Commedia』だが、『神聖な Divina』という形容詞は後世の人が付加した。邦訳名は森鴎外が『即興詩人』(1902)のなかに用いて定着した。
ギリシャ・ローマ時代の古典をはじめ、アラビアから伝わった最新の自然科学など、当時のあらゆる知識が網羅されている。
主人公でもあるダンテは、地球の一角にあるすり鉢状の「地獄」を下り、続いて地上にそびえる「煉獄」の山を登り、最後に宇宙に広がる「天国」へ飛翔する。その旅の行程を「日記」のように書いた物語が『神曲』である。
■「地獄の門」には「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」と刻まれていた。
ダンテは、師匠のウェルギリウス(古代ローマの詩人)に導かれてこの門をくぐると、どこからか泣き声や叫び声が響いていくる。
「地獄の門」にいたのは、「善いことも、悪いこともしなかった者」だ。彼らは蜂や虻に体中を刺され血を流し涙を流している。「他人のために、血も涙も流したことのない報い」なのである。彼らは天国には行けないし、地獄にも入れてもらえない。だれからも見放され、地獄の手前でさまよっている。
「本当に生きた」ことのない者は、「本当に死ぬ」こともできない。そこには、信徒を守らねばならない立場にいながら、大事なときに戦わなかった臆病の聖職者もいた。「沈黙することは、その敵にわが身を結びつけるほどの卑しい下劣さである。」と。
■ダンテの描く「地獄」は第一獄からはじまり、地核にあたる第九獄までの空間から構成され、下へ降りるほど罪は重く刑は苛烈になる。
そして地獄の底「第九獄」にいたのは、「裏切り者」であった。「肉親を裏切った者」「お世話になった同志を裏切った者」「守るべき人を裏切った者」が、罪人となり氷の中で永遠の寒さに震えている。
さらに、この「地獄の底の底」で、地獄の王に凍ったまま、噛み砕かれている者たちがいた。「恩人を裏切った者」であった。
■ダンテが後の芸術・文学等に与えた影響は計り知れない。
ミケランジェロは、システィーナ礼拝堂に大作「最後の審判」の地獄風景を描き、ロダンは「地獄の門」と「考える人」(モデルがダンテと言われている。)の彫刻を制作。
ボッティチェッリ・ドラクロワ・ヴレイク・ダリ等の画家や、チャイコフスキー・リスト等の音楽家、ボッカッチョ・ゲーテ・デュマ・夏目漱石・中原中也等の文学者、その他様々なジャンルの世界中の芸術家に影響を与えた。