1年生の冬

初めてコンクールに出ることが決まりました。

ピアノを習って丸3年目の出来事です。


年齢が上がるにつれ、

ピアノ歴が長くなるにつれ、

娘が理解できる言葉で、

ピアノを続けられるか、

ピアノは好きなのか、

など、その都度、確認してきました。


ピアノを習うキッカケは私が作ったようなもので、体験レッスンをしてみて「また、ピアノ行く〜」と嫌がることがなかったので、ここまで続ける事ができました。

でも、娘も1年生になり、3年前より練習は厳しくなり、色々な事がある程度は理解できるようになったので、何かある度に聞くようにしています。


そういう確認をするようになったのは、アップライトピアノを購入する事が一番大きなキッカケでした。

義理の両親に、ピアノを買ってもらう時には、

簡単に買えるものではない事、

本物のピアノがきたら、今以上に練習をする事、

ピアノと長くお友達でいれるか、

時々、ピアノが上手にできなくて、泣いてしまうかもしれない。それでも、仲直りしてお友達でいれるか、と。

娘は

「うん。泣く時もあるね。ピアノ先生のとこでも泣くもんね。できなくて。でも大丈夫でー。私、練習したら、すぐ弾けれるけんね照れ」というような返事だったと思います。


約束通り、練習は、ピアノ先生が驚くような量をこなしてきました。

そんな、意気込みがピアノ先生にも伝わったのか、

コンクールのお話を頂いたのです。

ピアノ経験がない私にしてみれば、コンクールに出れるなんてすごい‼︎

娘ちゃん、やったね。頑張ろうね〜

ぐらいの軽い気持ちでした。

今思えば、コンクールに出ることはせず、ただ基礎練習や教材だけをこなしていく方が良かったのかなぁ?とか、色々思う事はあります。

私が、何も知らない無知なままで「コンクール」というワードに浮かれ過ぎていたと反省もしています。


ここから、3〜4か月ほどコンクールの課題曲に向かって親子で突っ走りますチーン

コンクールというものが、ボンヤリとしか理解出来ていない娘も、母の闘志を見て「ただならぬ雰囲気」を感じていたのか、

メトロノームを付けて練習することが嫌いな娘も、メトロノームを率先して付ける!

pianissimoの部分では、本人なりに「弱く弱く」を意識し過ぎて音が抜ける!

でも、めげずに毎日2時間近くは練習する日々。


ピアノ先生からも「いつも通りに弾いたら大丈夫」と…。

旦那くんは、

私達2人のピアノへ取り組む姿を横目に、競馬予想…。

娘のピアノに関心がないわけではないのだけど、

私が躍起になり過ぎていたから、敢えて黙って知らない振りをしていたのか…

この辺りから、私がピアノに関して娘に「あーだ、こーだ」言い始めます(ピアノ経験ゼロ)。娘も負けず嫌いな性格のため、ポロポロ涙を流しながらピアノを弾く事もチラホラ。

旦那くんは、そんな娘を不憫に思っていたのか、いつも「娘ちゃんのピアノが1番上手〜👏ショパンとかベートーベンより上手やけん(聴いたことないくせに滝汗!)。母さん、すぐ怒るけど、ピアノ弾いた事ないから、娘ちゃんの上手さがわからんのよ〜。もっかい父さんのために弾いて〜」と、娘を褒め讃えていました。

我が家は、ピアノに関してはこういう関係図で成り立ってきました。

旦那くんにとって、娘の演奏は「ピアニストや審査員の先生が何と言っても!俺にとって永遠のピカイチ✨」だそうで、

「俺らがゴチャゴチャ言ってもしゃーない。弾くのは娘やもん。本人がその演奏が良かったなら、それで良し」というスタンス。

なので、「娘が、一生懸命やってるから…」とピアノのレッスンの送迎などは、とても協力的なのでした(それ以外は競馬笑)。


初めてのコンクールは、

「奨励賞✨」というこで、地区大会で終了。四国大会には行けませんでしたが、

課題曲に取り組む過程において、普段なら合格💯がもらえる段階よりも、遥かに深掘りして完成度を上げたため、娘にとっては得たものは大きかったようです。

一つの曲でも、弾きこなしていくと、

こんなにも表現が変わってくるんだ、

と実感したコンクールでした。