生まれてはじめて食したお好み焼きの
話をさせてもらおう。
田舎は長崎。
年齢は5つくらいであったろうか。
小学生の姉の後をついて遊び回っていた。
姉が小学校の友達のうちを訪ねて
遊びに行った時と記憶している。
その日も姉の後をついて一緒にがめん子として
遊んでもらっていた。
その子の家の隣がお好み焼き屋さんで
とは言っても普通の民家である。
玄関を開けると
板が渡してあり鉄板がおいてある。
当時は保健所もうるさくなく、一般家庭が
勝手に片手間にお好み焼きなどを作って近所の
子供に売っていたのである。
長崎では
「も~し~」と声をかけて店に入る。
東京で言う「くださいな」の掛け声がモーシー」なのであった。
「何にすっと?」
「お好み焼きば・・・。100円がと・・・」約すと「お好み焼きを。100円分」
広島風のまず丸いクレープ状の下地を焼き
そこにキャベツ・もやし・紅しょうがを乗せて
ウスターソースをべたべた塗って
2つ折にして新聞紙にくるんでくれる。
100円でも200円でも予算に合わせて
大きさを決めてくれるのである。
新聞紙に包んだお好み焼きを道端にしゃがんで
フーフーしながら食べた思い出がある。
お好み焼きと言うより、メリケン粉のソース焼きなのであるが、
これが美味くておどろいた思い出がある。
田舎では学校に行く途中にこの手の店が
結構あり、中・高と下校途中によく買い食いをしたものだ。
うどん、おでん、お好み焼きなど。
人生最初のお好み焼きの店よりも
もっとしっかりした(保健所がうるさくなった?)店だが
3・4年もすると商売を辞めてしまっていた。
それほど儲からないのか、片手間でやるためか?
皆、自宅をちょっと改造して4・5人も入ればいっぱいの
店構えであった。
東京の下町に行けばそういう店がありそうだが、
そういう店に懐かしさを覚える。
あんなものはあの雰囲気で安く食えるからいいのである。
今の東京のもんじゃブームは高すぎて納得できない。
保健所もあんなものにまでうるさく言わずに
もっと自由に商売させてくれればいいのに。