自分に自信がない。
自身の確固たる『何か』が見えず、もがき苦しむ時代がありました。
若い頃は特に自身のエゴを理解できず、またはコントロール出来ず
仕事や人間関係に悪影響を及ぼして来ました。
〇〇さんより、私の方が出来るのに
〇〇さんより、私の方がかわいいのに(わたしはこれはありません 全く)
〇〇さんより、性格がいいのに などなど
人と比較して「私の方が!」というおかしな負けん気を発揮した結果
本当は出来ない自分がばれてはならないと、途中挫折したり、具合が悪くなったり
逃げる手段を探り始めたりして、結果ずるくて何の成長も学びもしない自分が
また学ばないという心の層(障壁)を厚くするという生き方をずいぶんして来ました。
たぶん、今でもまだまだその片鱗が残っていると思います。
本当にどうにもしょうがない人間なのです
だから、何も成し得ておらず、そして本を読み脳みそに知識(使えない)だけを溜めて来た
そんな脳内、心的ゴミ屋敷で生きているわたしが出来上がりました。
脳内も心的にもゴミだらけの人間は、やっぱりダメなことがたくさん起きます。
こんな年齢なのに、破産すること自体
『全体的にゴミ貼りつけて生きてる』訳です。
こんな私ですから、同情もいりませんし、非難されることがあるのも当然です。
でも、今年に入り破産へ向かい始めた時に、働き先は見えてくるし、仕事確約いただいたり
もしくは、近隣住民からあなた本当にこのマンションにいてくれてよかったわと急に褒められたり、
投資して会社の方向性が急に代わり、ハブられたり(笑)、出資金戻ってこなかったり(この会社の為に売上出したけど)
細やかな出費も戻ってこなかったり、輸出ビジネスで多大な損害を被ってしまったけれど・・・
こんなクソみたいでどしようもない私なんですが
会社員にまた戻れました。
あぁ、あの頃あの会社で超真剣に働いていたな・・・というがんばりのおかげなんだと
つまり・・・過去に精一杯がんばったことを、自分は最終的に心が崩壊してその会社を辞めることになったんですが
その時の働きは無駄でなかった。という例の共有になりますが・・・
今回の結論から言うと、自分は出来ると認めることも大事なんですが、「出来ない」と白旗を振る
これが出来るようになってから、だいぶ人生が変わってきたように感じるんだ。よね
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