ある日、私は旅に出る

 

私の心の次のページに

 

インクのかおりも新しい

 

旅のキップを印刷しよう

 

行先の欄はまだ白い

 

私の瞳に影を落とす

 

見知らぬ国へのあこがれと

 

ほのかな不安が

 

やがて追憶の糸に綴られて

 

美しくも心悲しい

 

色とりどりの光をはなつ

 

その日まで

2年近くにわたり、私が ゛終いの住処゛と定めリフォーム中だった空間が、なんとか住める状態になった。

スペイン人の友人達4人がはるか遠くからこの ゛終いの住処゛を訪ねてきて、今宿泊している。

 

その中の一人は玄米で病気を治したということで、意気投合していたので、

早速エバダイニングの弁当を彼らに提供して賞味してもらっている。

2009-1-30 弁当通り

http://ameblo.jp/ippiki-ohkami/day-20090130.html

 

エバダイニングは

・農薬不使用栽培玄米使用

・農薬不使用栽培野菜使用

・地産地消の食材を中心に使用

・コレステロールゼロ

 一番搾りの菜種油使用

・糸島 またいちの塩使用

・化学調味料不使用

を掲げている。

つまりマクロビオティック料理なのである。

 

私は長年ヨーロッパの国々の医学の世界では当たり前の予防医学について研究し実践してきた。

その関連でマクロビオティックの桜沢如一(18931966)も研究。

彼は易経の陰陽に当てはめた無双原理を提唱。戦後はマクロビオティックの

普及に注力。

桜沢如一の著書、「新食用療法」(1964)「東洋哲学および科学の根本無双原理」(1929)等も参考にしている。

 

この桜沢如一はアメリカ合衆国が1977年に発表したマクガバン教書にも、重大な影響を及ぼしているし、アメリカ合衆国をはじめヨーロッパの国々で支持されている。

彼の伝記小説としては「桜沢如一。100年の夢。」(2011発行平野隆彰)

 

日本の大学医学部では全く無視され、日本人が全く学んだことがない予防医学は、人類が生きていくうえで最重要なことである。

日本の大学医学部は゛食は命である゛ということがわかっていない。

したがって私は大学医学部で学んでいる医者たちの医療行為を対処療法と呼んで、予防医学を忘れたほとんどの医者を信用していない。

゛食は命゛ということをまったく理解していないからである。

 

だからスペインでスペイン人の指導で、玄米で病気を治した彼の話はとても興味深い。

 

 

 

カルシウムをとるのに私特製のお好み焼きを紹介!

先日東京に行った時、友人宅により

その特製お好み焼きを作りましたので紹介します。

何かの参考になるかと思います。





お好み焼き材料



イリコ









干し焼きえび(甲羅つき)



以上をミルで粉にしお好み焼きに混ぜる







ムキエビ(大きめ)





イカ(大きめ)

アサリ貝

キャベツ(大量)

強力小麦粉(キャベツのつなぎのため少量使用)

2

⑨extra virgin olive oil

エキストラ バージン オリーブ オイル

スペイン産のを良く使用する。

比較的良質で安価。

腸内フローラにより善玉菌が増え、腸は健康になる。

くれぐれもextra virgin olive oil で


そして黒酢にごく少量の醤油を入れたのを

タレとして、これでお好み焼きを食べる。

私は黒酢だけのタレが好みですが、

黒酢だけの場合は残った黒酢まで最後には

飲み干しています。




出来上がりのお好み焼き。

どうぞ召し上がれ!

子どもから老人まで虫歯が10本以上あるなど

「口腔崩壊」と呼ばれる状態が広がっている。

歯は生命の危機に直結しないため、

軽視されがちなことなどが背景にある。


この現実を見よ!

子どもから老人まで広がる「口腔崩壊って何だ!」


(2016-4-3発行 サンデ-毎日 P36~P39







味噌汁を作る時、一般の家庭ではイリコ・コンブを

水に浸しておいて、沸騰後これをとりだして

出汁をとり、味噌汁を作るそうですが、

私が子供の頃の家ではそのまま味噌汁に
イリコがはいっていた。

手抜きなのでしょう。(笑)

それで毎日味噌汁を食べながら、

イリコも毎日食べていたわけです。

それと私は若い頃からチリメンジャコと

蜂蜜等甘味料と醤油で佃煮を作り、

これをご飯にかけノリと一緒に

食べています。写真①





この習慣が良かったのでしょう。

私自身には虫歯は一本もありませんし、

すべて健康な歯を保っています。

勿論歯の手入れは怠りません。

朝、昼、夜と食後と就寝前には歯みがきしています。

歯の健康日本一の人の記事を新聞で読んだ折、

「私は歯みがきは縦に磨きます」と

言っておられましたが、

なるほどと思いそれ以来何十年と私も歯は、

縦にみがいています。





私は、人は逝けば、結局人は土に帰って行くと

考えています。

人間は38億年を生き抜いた「土」の生命力で

病気から守られているのです。

人は朽ち果てて「土」に帰っていくのですから

2015-7-7 http://ameblo.jp/ippiki-ohkami/archive1-201507.html

Tさんへの手紙─医食農同源)。

土、またその土に育つ植物は私自身であると

言えます。



私は今、500年後、1000年後の私の分身となる木々を

育てているのです。

今日2016318日、楠の苗を育てて、

3000坪の私の所有地に
(南高梅100本、山桜30本、柚子40本その他

いろいろな花咲く楽園)、
この私の分身である楠の苗を、やっと、第一弾の

植樹を終了したところです。

この地は眼下に唐津湾を見下ろす、

360度全体天を仰ぐ山の頂上でもある
絶景の地なのです・・・

この地に、私の分身である楠の木の苗を

第一弾植え終えたということです。



この楠の樹は500年後、1000年後には、

熊本城内の楠の大樹のように、福岡県筑後市の

船小屋温泉近くを流れる矢部川の川辺に

天まで届くように並び立つ楠の大樹のように、

その他各地の神社境内に聳え立つ500年以上を

生き抜いてきた楠の大樹のように、

高さ35m、幅30m、幹回り6m以上もある

楠の大樹となり堂々と鎮座しています。

この私の分身がこの唐津の山の頂上で、

天を仰ぎながら500年、1000年を生き抜く大樹に

夢とロマンを感じて、今日その植樹をひとまず

終了したところなのです。



この楽園の中心一点として半径25m間隔で、

私の分身を2016318日植え終えたということです。
















とりあえずこの6本を今年は植樹しました。



来年は楠の苗育ての名人である私の友人が、

精魂込めて育ててくれている苗を、
私の分身としてまたここに植樹して行く予定でいます。



また、来年もこの続きをこのippiki-ohkami

公表する予定です。


































命あるもの燃え尽き灰になるのである。

しかしその灰が土に戻され、肥料となり

また命となってもどってくる。

このオリーブ園の樹齢は1000年ものもあり、

私が燃やしたオリーブの中には、

オリーブの歴史が詰まっていた。

その灰をスペインでもやはり撒いていたので、

私も暖炉の灰を掃除しては撒いていた。



薪の準備はスペインも日本もおこたりない。

この薪が積んであるBarではワインを

飲んだり、チューロを食べたりしていた。



この薪の積み方は日本らしい風景、

日本人の勤勉さを表していると思いませんか?



スペインはドン、ゴロゴロと実に無造作でした。()

暖炉の火点けには、今までの七輪での火起こしの

経験、野外での焚き火の経験が役に立った。

2/15の記事の一番下の乾燥したハーブ系の草と

紙を火点け用とし、次に小枝を種火となるようにし、

空気の通り道を確保してオリーブの薪をくべる。

この写真だと左から使用していきます。





火が安定した火力を保つようになると満足感があります。

火起こしもやはり何度もの経験ですが、空気の通り道を

つくるということを意識するとしないでは違います。

暖炉の温かさにはふんわりとした優しい暖かさがある。

そしてなんといっても木の香り。

翌日の朝もまだじんわりと暖かさが残っている。

そして何と言っても火をみつめることの喜びの

源泉はなんなんだろう?と

ちょっと哲学的な a lone wolf wolf です。

最初の日、フランシスコが燃やすお手本を

見せてくれた。

薪としてたっぷりとオリーブの木を置いてくれた。



それと最初の火つけ用にと、オリーブの小枝も

置いてあった。

最初の一週間はきれいな青空の日々が続いた。

ところが雨が降った。

のんきだった。

薪が濡れてしまったのである。

薪が濡れると火がつかない。

部屋が暖まらないという死活問題だと

身を持って知った。

この時は倉庫に薪をなおしているところを

見ていたので、乾いた薪をわけてもらい、

なんとかしのげたが、それ以降は常に乾燥した

薪を補給するよう注意した。







天気も読む術もいる。

薪ひろい、小枝ひろいと農園の中を

歩きまわっている。

暖炉のある生活を夢見ていた。

今回IZNAJARの別荘でその夢を実現できた。

暖房として暖炉しかないのである。

単なる装飾ではなく、毎日の生活がかかっているので、

暖炉の本質にある意味迫ることができたとも言える。

なぜ暖炉に魅かれていたのだろう?

それはやはり本能としての火への想い、

暖かさへの想いではないだろうか?



私はいつも飢えと寒さへの防御が、人間としての

生活の基本と思っている。その野生の根本を

忘れてはいけない。

暖炉の火を見ているといろんな思い、感情が

沸き起こる。

この高揚感も日ごろ味わえない大事なものの

ような気がする。



このように暖炉は実は心身ともに効用がある

ということを体験したので、暖炉に関して

書いてみようと思う。


1月6日は El dia de le Reyes Magosの日。

東方の三賢者の日でスペインの祭日である。

キリストの誕生を聞き付けた東方の王様三人が

それぞれ贈り物をもって、ベツレヘムを

訪れるが到着したのは5日の夜なので、

5日の夜各地でCabalgata

三人の賢者 メルキホール、バルダザール、

カスペールが街を練り歩いて子供達に挨拶を

するパレードがある。

Ianajar Cabalgata(行列)が1/5の夜

6時半から行われる予定だったが、

雨のため1/6の12時からに変更になった

ということは先日書いた。

1/5の午後晴れていたのに午後5時半くらいから

雨が降り出し、雷までなった。

スペインではじめて聴いた雷である。

6時会場に行ったが、誰もいなかった。

戻っていると途中で出会った女性が、

雨のため明日12時からパレードがあると

英語で教えてくれた。

少し小雨になったのでIznajarの街の

イルミネーションを撮りながら帰った。













教会にはFeliz Ano 2016という

イルミネーションがあった。



オリーブの集積工場まで来ると傘をささずに

歩けるようになった。

オリーブ畑の中の急坂が待ち受けているので、

雨があがったので消耗しないで歩けると、

救われた思いだった。

急坂を登りながら振り返ると、Iznajarの城が

ライトアップされていた。



これはReijes Magosの日のケーキ



Reijes Magosに向けての街中に貼られたポスター