イピル・イピルの会発祥の地マニラ訪問

ご報告が遅れましたが先月下旬に28年振りに活動を始めた
マニラを訪問
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大都市になり、高速も交通渋滞


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ホテルから眺めた日の出

ホテルの近くを散歩していると
早朝6時過ぎには近郊から大勢の人が出勤


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かって住んでいたビレッジの正門セキュリティー


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ビレッジの裏を走るエドサ通りは中央に電車が通り
交通の要となっていました



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このホテルは私達が住んでいる頃は日航が経営する「マニラガーデン」
今ではタイの系列のホテルとなっています

玄関のドアマンに「サワデカップ」とタイ語で挨拶され苦笑
また、タイ人に間違われた!

ホテル近くのエドサ交差点では
信号が変わるごとに交通整理の警察官の合図で
バス、車、バイクが川の流れのようにドッ~と目の前を通り過ぎて行きます
マニラの中心部マカテ・アヤラ方面には仕事を求めて大勢の人が集まっており
凄いパワーに圧倒されました

駅やバス停で降り、歩く人が道端の出店で朝食を買い、持って行きます

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写真は豆腐売りのおじさんと (後ろにホテルの看板があります)

私もアツアツの豆腐(黒蜜とタピオカをのせてある)を買ってその場で頂きました。
懐かしい。美味しい!

昔、豆腐だけを買い、お醤油で食べていたのを思いだしました。



イピル・イピルの会の活動を始めるキッカケを作った
西伸一郎氏に30年振りで再開

フィリピン大学のIRRI(国際稲作研究所)やカネコ農場を案内して下さいました

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IRRIの入口で

今では、堂々とした風貌ですが
当時は細くゴボウのようにスラーッとした青年でした!
(30年という時が経っているので当然ですがね・・・)

カネコ種苗フィリピン社の入口にて
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茄子やトマト、キュウリが栽培されています

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オクラの畑
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雇用する為に機械は使わず、人でゴミ、石を取り除いていました
「働く場」を作り出すことが発展に繋がると思います!
何処ででも、これが大切



私の好きだった食べ物「ハロハロ」
フィリピンを満喫
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二日間、あちこちとご案内頂きました
懐かしく、変わらない田舎の風景を楽しめたマニラ訪問でした

マニラでお会いした方が
「イピル・イピル、良い名前を付けたね!」
この木は葉が家畜の飼料となり、枝は燃料、種は手芸品の材料になり
地下水を吸い上げないから地崩れを起こさない、樹勢の強い木で砂漠の様な
過酷な条件の下でも成長する素晴らしい木ですよ!

「また、イピル・イピルの木のように 頑張ろう」
そんな気持ちになった訪問でした