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こんにちは佐藤です
先月の末に体調を崩して入院してしまいました。
お見舞いに来てくれた、某企業の社長がしてくれた話がいいなぁ。
と、思ったのでアップします。
社長いわく、
「今は、人生の赤信号だよ。一度立ち止まって周り見渡すチャンスだよ。」
と、言っていました。
その真意とは?
突然ですが人間とは何でできているのでしょうか?
電球を思い浮かべて下さい。
電流が少なければ蛍のようなあかりとなり
骨と肉と皮と血液等からできています。しかし、それだけで生きているとはいえません。なぜなら魂、すなわち心があって初めて人間として生きていると言えるのではないでしょうか。
それでも心がどこにあるのかさっぱりわかりません。
魂が体のどこにあるのかさっぱりわかりません。
古来日本では肝にあると考えられていました。
そのため、「肝っ玉が小さい」とか「肝っ玉が太い」とか大きいとか言いました。
中国では下っ腹にあると考えられていて丹田とか丹下などと言います。
そのため、「肝っ玉が小さい」とか「肝っ玉が太い」とか大きいとか言いました。
中国では下っ腹にあると考えられていて丹田とか丹下などと言います。
西洋では心臓にあると考えられていて心の事をハートといいます。
グラスハートとか日本語で心臓が弱いだとか言います
グラスハートとか日本語で心臓が弱いだとか言います
またある所では頭にあると考えられていてあの人は頭が悪いなどと言います。
しかしながら、心が肉体のどこにあるのか、やはりさっぱりわかっていません。
身体のどこにでも行き渡っていていっぱいになっているのかもしれません。
心には形がありません。
体には形があります。
体には形があります。
この相反する2つの合一によって人が形成されているのです。
電球を思い浮かべて下さい。
電球が体とすれば電流は心です。
電流が少なければ蛍のようなあかりとなり
電流が強ければより明るくなります
人間は恐れると顔が青くなり怒ると顔を赤くします。
驚くと腰が抜けたり体がすくんで動かなくなる事もあります。
驚くと腰が抜けたり体がすくんで動かなくなる事もあります。
こうしてみると肉体は心の入れものであってバッテリーのようなものだと思います。
目に見えない電気を蓄えるように体の中に心を収めている。
と、考えると
と、考えると
心の在り方でその器(身体)は形を変えていくのではないか?
つまり肉体は心の象徴ということになるのではないでしょうか。
肉体のその人の心をそのまま表しているという事は、人相とか手相とか見て、その人の心が読める。
という占いはあながち、間違いではないのかもしれません。
長く生きていればひと目見ただけで初対面であってもある程度の人物の見当がつきます。
とすれば
肉体に病気と言う現象が起こったときこれを肉体だけが悪くなった…、と片付けて良いのでしょうか。
病気とは心と身体のバランスが崩れた時に起こり、
自分では気が付かない心が危険信号を出しているのではないでしょうか。
気負い過ぎて、熱が入りすぎて気が付かないうちに心や身体が悲鳴をあげているのかもしれません。
病気になったら自分や周りを見直すチャンスなのです。
まさに、社長はこの事を指摘してくれたのです。
病気になったら気にすること
今、以上に無理をしない。
相手に気を使わせていないか考える。
自分と同じ様な仕事量をこなしている部下を気にかける。
家族に時間をかける。
自分やその周りの人が病気になった時に、その時の立場や状況を
仕事と家庭の両方から見直すと今まで気が付かなかった問題点が見えてきます。
病気になったら落ち込む必要ないのです。
自分や周囲の環境を見直し、整える時期が来たのだと言う証拠です。
前向きにチャンスだととらえましょう。