今日、姉の前の会社の先輩が亡くなった。

骨肉腫が原因だそうだ。

まだ四十代、俺と10しか変わらない。

コロナが叫ばれているけど、それ以外で亡くなる人の数も変わらない。

常に死と隣り合わせで、しかも葬式だって表立ってできない。

姉は目を晴らして帰ってきた。

俺はいつも言葉足らずだ。

落ち込んでいる友達にも、何か悩みを抱えていそうだった元彼女にも何も言えなかった。

何も言わずとも日頃の行いで勝手に心配していると察してもらえると思っていた。

けど何も伝わらなかったと思う。

知らないところで当人達は立ち直り、自分は心のモヤモヤを抱え、かき消すようにテンションで何事もなかったかのように物理的に距離をつめる。

でも精神的な距離はいつの間にかどんどん離れていっていたことに後から気づく。

 

俺はガキで、漫画か何かで背中で語るイケメンに心のどこかで憧れていた。

でも、俺は俺で、冴えない小太りで、伝わるはずがない。

しがない30年の暮らしの中で失うものも多く、やっとそれに気づけていた。

不慣れなぶん、声も震えるし、上ずるし、何を言っていいかわからないけど、「元気出して」って今日は言えた。

言った後になんか罰が悪くてその場を後にし、歯磨きしにいくと、涙を流した姉がついてきた。

ティッシュがなくなっていたらしく洗面所の近くにある戸棚から箱ティッシュを持っていった。

映画やワイドショーですぐに泣く姉の涙は見慣れていたけど、自分の言葉が原因だったそれを見てまたどうすればいいかわからなくなった。

でも「元気を出して」という言葉に姉は「うん」と答えてくれたのを思い出す。

少なくとも姉には俺が心配していると伝わったはずだ。

まだまだ不慣れは続くし、願わくはそうありたいと思うけど、何かあったら変わらず声をかけていこうと改めて思った。

 

ラインでもSNSでも伝達手段がいくらでもある令和世代の若者が難なくやっている当たり前なことなのに、情けない限りだ。