ピンチはチャンス。苦手が自分を救う時


芸は身を助く



照れこのblogにお立ち寄り下さり、ありがとうございます😊IOLAです。


私が精神科の解放病棟に入院していた18歳専門学生の頃、その病院には体育館と電子オルガン(平成初期くらいの方ならピンとくるかも知れませんね。)がありました。


義務教育時代~専門学生まで


体育館とピアノのある場所


そこは私にとって、地獄でもあり、ユートピアでもありました。


キョロキョロ学生時代は、小・中と女子バスケ部。高校は福祉部と薙刀部←同好会からスタート。


当時流行っていた、SLAMDUNK🏀の漫画&アニメに感化された私は身長を伸ばすためと、憧れとで入部。


万年補欠でしたが、最終的にはスタメンメンバーに少しスパイシーな役割にはなれたとは思います。練習相手として。


中学までは、イジメの被害者でもあるけれど、加害者でもありました。わりと精算してると思います。


決して上手くはない。スターでもエースでもルーキーでもなかった私ですが、基礎練だけは好きで

ボールハンドリング(頭・腰・膝辺りは8の字にボール回すやつ)は好きで、コート脇でのひたすらドリブルとか好きなタイプでした。


そして、練習後、休憩に入る前にだいたいのチームが行う、フリースロー。2本入れたら抜けられるやつ。


最終的にはほぼ私が先に抜けるくらいにはなった。


嫌いだけど好きだった。嫌いになり切れなかった。


バスケットボールが好きだし、カッコイイプレイスタイル試合運び。respect。きっと。だから、続けられた。helpを出せる人も、一応外部に居た。


それから10年後


精神科から退院した後、20歳になる年になるので、国民年金の支払いが始まります。昼夜逆転が酷かった私。その年、あるチラシを目にします。

地域の体育館で、プロのバスケットボールの試合がある。


びっくりびっくりマークほぼ衝動的に行きました。


精神科入院中、怒られたけど、ドリブルシュートやフリースローを病院の体育館でしてた。


電子オルガンも弾いた。


電子オルガンについては今回は省略します笑い泣きあせる


体育館に行ったら、顔なじみの中学の女バスの先輩、後輩、顧問…町内の人。


なんじゃこりゃ!!!


みんなバスケ🏀で繋がってて、みんな知ってるし

子どもも保護者も知ってる。


と、いう衝動的事実からの、試合観戦。

からの


子どもの頃お世話になってた近所の人に現状をザックリ話して


そしたら


「見学に来てみないか?」


そこから私は


コーチ陣、子どもたち、保護者の方からいろんなご縁を頂き


わりと長い時間、アシスタントコーチ兼引率マネージャーとして


とてつもなく山あり谷ありだけど最高なひとときを過ごさせていただくことになりました。


その後、仕事などが多忙になり、辞めてしまいましたが、


いろんなところでバッタリ、子どもたちやコーチ陣、保護者の方にお会いすることもあり、


バスケットボールが繋いでくれたご縁と時間と人は


その後の私の生きる糧になりました。



ピンチってチャンスに変わる。

絶望って希望に変わる。

習っていたことは

意外なところで自分を救ってくれる。


本日はまた


🏀が引き寄せてくれた出来事がありました。


🏀、ありがとね( ¨̮ )💕




IOLA