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Invoking the Light

nothing but the death of a lie

ミュージシャンになりたいという野心はあったものの、それをあまり周りの人には言いませんでした。正々堂々とまっすぐに生きるにはまだ恐れを感じていたからです。大学に対しては「みんな行くから自分も行く。行かなければならないところ。」というような認識だったので適当な態度でした。アメリカの神学校に行くことになりましたが、「そっちに行ったらバンドにでも入ってそれをメインの活動にする」と適当に思っていました。結局一番安全な選択としてこの神学校を選んだのだと思います。(おじいさんおばあさんの家もその大学から遠くなかったですし。)

 

そのアメリカのペンシルバニア州の神学校で二年勉強しました。そのとき大きなヒゲをはやしだしました。これには心理的理由があったのだと思います。日本で生まれ育ったのに、自分の体の見た目は周りの日本人とはぜんぜん違うという「裏面は同じなのに表面が違う」という状況で今まで生きていました。しかしアメリカに来るとまったく逆です。自分の体はアメリカでは多数派の白人のものであり、英語のなまりも一般的なアメリカのもの。なのに内面的には皆とあまりにも違う。だから自分を差別化したくて大きなヒゲをはやしたのだと思います。(テニス部ではみんなに「モーセ」と呼ばれ、ちょっとその名前を気に入ってました。)

 

私には「自分は周りのみんなとは違う特別な人なんだ」という考えが幼い頃から深く根付いていたと思います。今でもこのような考えが残っています。これは自分の傲慢なプライドから生まれた思いという側面もあれば、周りと溶け込むことができながった生い立ちがあって、人間として必要だった繋がりを補うために作り上げた内的世界の暗闇から生まれた無知でもあるのだと思います。表面では特別だった自分が内面的にも特別なのだと信じ込むようになったのでしょう。

 

普通のアメリカ人の学生たちより、私のようなMK(missionary kid=宣教師の子)や海外で育ったインターナショナルな学生たちと気が合ったのでそういった人たちと友達になりました。しかしそこまで友達を作ったり繋がりを持とうと頑張ってもいませんでした。(隔離された状態にいたかったわけでもありません。)頑張ったのは音楽です。何時間も実験的に安っぽいスピーカーを使い、ギターなどを録音して曲を考え出しました。森の中に入って自分の声を録音したり...大学の音楽棟のいろんな楽器も使ったり...完成した曲をインターネットにアップロードしたり...プログレッシヴ・ロックが好きになっていたので、長くて複雑な曲も書いてみました。こういった音楽活動には何百時間とエネルギーを注ぎ込んだことです。それだけやりがいがあって、とてつもなく楽しかったのです。そして、この音楽を作るという執念は私の大学時代の「美の哲学」で支えられていました。その自分の持っていた哲学というか考え方をちょっと説明してみます。

 

ある日有名著者であるジョッシュ・マクダウエルが大学で話しに来ました。彼は新しい本を出版したばかりで、話が終わった後にその新書を数冊学生のほうに投げ出して、その一冊が私に届いたのです。タイトルはIn Search of Certainty。日本語にすれば「確実性を求めて」。その内容は、ポストモダン社会の「真実は相対的だ」という主張を否定して「絶対的真実は実際にある」という反論を唱えるものです。(ポストモダンの哲学が本当にそういう主張をしているかは別として...。)たとえば、正義(又は道徳)は相対的なのか、それとも絶対的か。そして、美しさは単に見る目によるものか、それともすべての美しさを裏付ける基盤となるなにかは存在するのか。こういった問いに対し作者は「絶対的真実は本当に存在し、それは神である」と言います。私はこの考え方に納得し、自分の音楽に対する情熱に組み込んでいきました。

 

全ての「美しさ」を裏付ける絶対的美があるのならば、美を追求する者は真実を追求する者だ。私はそう考えました。そして自分の音楽への創作的努力を、真実を見出す過程として、とても尊いものとして見るようになりました。「なぜそこまで真実にこだわるのか?」と思う方もいるでしょう。それも私の宗教的背景を見ればわかると思います。私の引き継いだキリスト教に対する考え方は、(1)キリスト教の主張は真実である(2)真実であるがゆえに価値がある(3)真実でなければキリスト教は無意味なものである、という感じです。さらに、「聖書は神の御言葉であり、それゆえに聖書に書かれていることは真実である」という考え方とも関連しています。とにかく私は、真実が重要であって真実を信仰することが第一であると教わったのです。なので私にとって真実を追求するということはとても有意義なものでした。

 

しかしこの頃私は自分の周りのキリスト教に対して不満もいだき始めていました。ダルフールの紛争や少年兵についてのイベントに行ったあとに、「なぜクリスチャンはこういった人々を助けることにこんなにも感心をもたないのか」と思ったのです。同性愛結婚を絶対に許さないことなどには情熱的になっているのに。なにかおかしい。今ここにあるキリスト教は新約聖書に描かれている初期クリスチャンたちとはどうも違う。そう思ってより厳しい目で宗教を見直しました。特に一番重要視されていた聖書について「なぜ聖書を神の言葉と信じるのか」という問題提起をしました。

 

神学校時代を今振り返ってみると、慣れない環境の中にいて、アメリカというところに溶け込めず、孤独感のある日々だったという感じです。その環境の中では自分はエイリアンのようでした。(英語でしか周りとコミュニケーションできなかったのもそれに貢献しました。)でもその孤独には注意を向けず自分の内的世界にエンジンをかけて「真実の追求」を加速しました。人間的な繋がりは必要としていたものの、やはりそれをまだ分かってはいませんでした。この時期に書いていた歌の歌詞を見ると当時の自分の心理がだいぶ現れていておもしろいので別のエントリーにてもっと探ってみるかもしれません。(歌詞のまったくない20分以上の曲も作りましたが。)また、大学の二年目の時にぼーっとした意識状態である物語を書きました。幼い頃に片方の靴下をなくしてしまう少年の物語で、かなり奇妙でおもしろいのでいつか日本語に訳したいと思います。今読み返すとこの物語は私の未来を予言していたようです。(夢が未来を語ることがあるように。)