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南三陸町に行ってきました

宮城県の南三陸町、長清水地区に行ってきました。
仙台から備忘録として書いた日記をmixiより転記です。

震災が起きてから自分は何をしたか?
募金箱を抱えて大きな声で募金を呼びかけてる学生に感心して募金したり、
よく遊びに行く店で頼まれて募金をしたりとその程度です。
それはお金の行く先を思っての行動ではなく、
目の前の人に共感しただけのことです。

震災から時が経つ中で、心に刺さるブログを読んだり、
報道や周りの皆の反応から思うことがあったり、
仕事の環境の変化があったりと
色んな要因が重なり現地に行ってみようと急に思い立ちました。

行くにあたって考えたことは2つ。
被災者の方々から直接本当に何が必要なのかを聞くこと。
この目で実際に現地を見たとき何を思うのか、
そこで感じた気持のまま行動しようということの2つです。

とはいえその他は目的地も含め全くのノープランで迎えた出発前日
Twitterで南三陸町の長清水地区への救援物質が滞ってることを知ります。
インタビューに答えてるのは同じ年のOさんという方。
これで目的地が決まりました。

東北道を4時間かけて走り、9年振りに宮城に到着したのは明け方。
コンビニの店員さんから情報収集し、長清水地区の方角も何となく確認。
ナビでもGoogleマップでも場所の確信が出来ず不安でしたが、
海岸線沿いにある長清水海水浴場が目指す場所だと信じ三陸道に乗りました。

三陸道を走りながら石巻市など聞いたことのある地名を通りますが、
高速道路からは見える景色はいたって普通の田舎の景色。
ニュースの映像がどういう形で現れるのか想像出来ない感じです。

FM宮城でかかりっぱなしのスピッツの曲を聞きながら三陸道をひたすら走る。
ずっといつあの光景が現れるのか?みたいな緊張感がありましまた。
三陸道を降りて山間の道をまた走る。1時間ぐらい走ったかな。

クネクネした道を曲がり、視界が開けた瞬間
あり得ない光景が目の前に広がってました。
空襲を受けて焼け野原になったかのような見渡す限り壊滅的な光景。
言葉が出ない。。。

かろうじて残ってる建物も
爆風で外壁が吹っ飛んだかのよう骨組みだけが残ってる状態。
これは一体何が起きたんだろうと。。。
何故津波で車がこんなぺしゃんこになるのか意味が分からない。。。

海岸線はもともとそこにあったものが消し飛んだような状況ですが、
車道だけは自衛隊の方々のおかげで数日で復旧したそうで
自分もこうして現地に来られます。

そこからまた海岸線をしばらく行くとようやく目的地の長清水の看板を発見。
ここの地区の避難所に訪れてアッサリ本人と出会えました。

東京から来たこと、
日経を読んでOさんに会いに来たこと、
ここなら自分が何か出来るかもしれないと思ったことを伝えました。

Oさんは今の現状を丁寧に色々聞かせてくれました。
この地区の世帯8割は津波にやられたこと、
最近になって物質が届き始めたこと、
マンパワーが必要なこと、
リアルな情報を発信する重要視等々。

僕に何か出来ることをさせて下さいと伝えると
この部落に残る家を一軒一軒回って困ってることがないか聞いて来て欲しい、
それが物質であれば自分が届ける、
情報であればiphoneで調べやって欲しい、
発信したいことがあればTwitterで発信してやって欲しいなどなど。
そしてヒアリング結果を報告してくれとのこと。
元々自分がやろうと思ってたことだったので勿論快諾です。

今日出会った長清水、寺浜の方々。
地震当日病院に行ってて、買ったばかりの大きなテレビが
壊れてないかが1番心配だったというおじいさん。
(テレビは大丈夫でした。実物を見せられましたw)
元気な双子ちゃん。
(iphoneアプリの小人図鑑で小人がいるとウソ言ってゴメンよー)
最後は慣れたけど人見知りのおばあちゃん、
家が流されたお母さん
(保険が半分しか降りなくて悔しがってました。
それをTwitterで発信してくれと頼まれる)
9ヶ月の赤ちゃんがいる若い夫婦、
灯油を買いに行くと行ってチャリで走り去ったおじいちゃん、
何を言ってるかほぼ分からなかったけど、
一緒に海が見える丘を散歩した80歳のおじいちゃん。

一日で沢山の人と話しました。
物質は問題ないようでしたが、(ここの地区はリーダーがしっかりしてるようで。)
皆さん口を揃えて言ってたのが水道、電気などライフラインの復旧。
一日も早い復活を願う。

そんな感じで今日一日が終了。
Oさんに報告すると、これからもこの地区を継続的に支援して欲しいとのこと。
正直荷が重い氣もしたけどこれもご縁、この地区を応援しようと決めました。

ホテルに帰ってYouTubeで南三陸町を検索。
この町を襲った津波の映像を見た。その中に以前見た映像があった。
今日は見てらんなかった。マジで涙が止まんなかったよ。

あそこにいた人達は自分のおじいちゃん、おばあちゃん、
家族や子供達と変わらない、ただ会ったことないだけなんだ。
一回会ったらみんなそう思うと思う。
そこの人達が沢山犠牲になったなんて
ニュースの報道を見てもよく分からなかったけどリアルに実感した。

けど誰も凹んじゃいなかったし、
前向きだったし明るかった。人間は強い。
どんな状況になっても必ずまた笑えると改めて知りました。

これからOさんにコンタクト取りながら
自分に出来ることを周りの仲間にも協力をお願いしつつ
やっていこうと思います。

そして南三陸町、すっごくいいとこでした。
丘にあるキャンプ場から見る海は凄く綺麗で。
あんな綺麗な穏やかな海か荒れ狂ったなんて信じられなかったな。

僕は好きな人を想ったり、楽しいことだったり
自分に出来そうなことで自分と周りの仲間が
ハッピーでいられるように引き続きそこにフォーカスして行動していきます。

その上で内なる声に基づいて自然に出来た行動が
たまたまボランティアならそれもいいですね。
改めて自分は日本が好きだと実感しました。


YOUJI