うつと休職と、自由な生き方。Aさんのこと
起きれなかった日その日は突然ではなかった。ずっと職場のもやもやが重なり、夏の熱さとともに疲労感ではない何かが重なっていた。親友のおせっかいメンタルクリニックは自分には関係ないと思っていたAさん。むしろ自分は「鋼のメンタル」だと思っていた。だから親友の病院へ行こうという助言は信じられなかった。その日のうちに、親友が車を出してくれて、Aさんはふらふらの体を友人に引っ張られながら、メンタルクリニックを受診した。人生を変える1日になった、とAさんは言う。「1か月休職しましょう」医師からそういわれたAさん。就職以来、仕事を休んだこともなかったし、仕事を休むなんて発想が無かった。1か月経ったけど1か月が過ぎた。記憶がないほどしんどかったとのこと。・・・ただ、回復しない。お薬もちゃんと飲んでいる。・眠れない・食べれない・涙が出る・意欲がわかないそんな症状がずっと消えなかった。まさかの1年半休職少しづつ、外に出ることが出来る日も増えたものの、まだ、ベッドで過ごす時間は多かった。受診を続けるごとに、医師との信頼関係も増していった。心身は緩く大きな波のように変化し、休職期間は3カ月、半年、、、そして1年半になった。長い長い1年半。「自分の心身が思うようにならず焦り、悔しかった」・・・そうAさんは話してくれた。救急の1時間、内科の1日、精神科の1年この言葉がAさんを納得させてくれたという。寝ながらスマホを見ていた時、「早稲田メンタルクリニックのYou Tube」を見て、ハッとしたという。脳の病気である、うつ。風邪や擦り傷とはわけが違う。内科の病気のように手術できるわけでもない。でも、外からは見えづらい。でも、1年半かけてやっと変化が感じられたAさんにとってとても納得がいく言葉だった。うつを知ることは、自分に気付くこと。もともと勉強好きなAさんはうつについての本や情報をたくさん学んだそう。いざ自分が患者になった時、世間の強いメンタルへのプレッシャーや働けることがあたりまえな風潮、メンタルに疾患を抱える人への偏見が自分自身を苦しめていたことに気付かされた。いわゆるバリキャリだと思っていた自分の中にあった繊細な部分。・・・このまま、もう、以前のように早朝から深夜まで働く以前の自分の生活は想像がつかなかった。自分のための生き方チェンジメンタルクリニックのソーシャルワーカー(生活の相談に乗ってくれる人)の助言で、Aさんは・障害者手帳(生活がきつかったAさんにとって、市町村民税の免除は助かりました)・障害厚生年金(企業に在籍していたため、障害基礎年金81,020円+数万円/月)を申請しました。社会の期待ではなく、自分の期待に応える彼女は、休職期間を経て、少し体調も上向いてきたこともあり、・就労移行支援(障害福祉サービス。)・ハローワークの職業訓練(職業訓練費を受給しながら勉強できる)かどちらかを迷いハローワークでのヘルパー―資格の職業訓練を受けることにしました。この間で福祉に興味を持ったこと、ヘルパーという仕事は時間に融通が利きやすい事、ヘルパーはキャリアを積めば介護福祉士やケアマネなど人とか関わることが好きなAさんにとって魅力的だったからとのこと。AさんのいまAさんはいま、高齢者の自宅に訪問する訪問ヘルパーとして活躍しています。ハローワークで、障害者手帳を持っている事を伝え、配慮してくれる会社を選びました。まだ少し朝がしんどいAさんはゆっくりとしたシフトを組み障害厚生年金と併せて、以前の企業と同じくらいの収入を得ながら暮らすことが出来ています。Aさんは、2年前には想いもしなかった生活をしています。苦しい時間は気づきの時間だったと教えてくれました。そんなAさんの生き方が、誰かの生きやすさに繋がっていくんだと感じています。京都 女性のこころと暮らしの相談室TOMOは、主に京都にてカウンセリング、ソーシャルワークを行っています。おとなの発達障害、生きづらさ、うつ、障害、LGBTQ、障害年金、経済困窮のサポート、法律相談へのお繋ぎなど、お話を聴くだけでなく、共に動くカウンセリングです。お気軽にご連絡下さい。#京都#発達障害#カウンセリング#人間関係#カウンセラー#障害年金#LGBTQ#うつ病#ひきこもり#不登校