常識というものはなかなか捨てられないものである
誰かに誰かを紹介となった時に、
「すごくいい人だよ、優しいし、とにかく友達も多いし」
って、説明だと全く響いてくれないのに
「◯◯やってる人で(職業、役職、名声)」
って、言うと、
「えっ、そうなんですか、よろしくお願いします~」となる
これが、人間の本質じゃないところを見る、見ているということか…
私も、紹介する時に、その人の人間性より、
その人の職業、役職を伝えている
仕事なら、仕方ないけど
なんだ、私も同じだ…
世間の常識というか、肩書きにこだわってるようです
昔、田植え前のレンゲ畑の横を通ってる時に息子に
「小さいのに、レンゲのお花ピンクでキレイだね~」って言ったら
「僕、水色に見えるよ~」って言った
まあ、色弱なので、周りの色で、若干人と違う色彩に見えたりするのだ…
ピンクが、ピンクに見える時もあるんだよね
特に目に入るもの、色などもそうである
夕焼け見て「青くてキレイな太陽が沈んで行くね~」とは聞いたことはないけど、
もしかしたら、そんな人いるかもしれないじゃん
口に出さないだけでね
色弱、色盲の方は意外と多いんだから
世間の意見で夕焼け=オレンジ、赤、黄色のイメージが作られてるから、
そう見えるように脳がコントロールされてるかもしれないじゃない…
だから、本当にレンゲが水色に見える息子が本当に羨ましいと思っている
テレビとか見ていても
「あれ、赤なの」
「何色に見える」
「緑」
「えっ、いいな~じゃあ、枯れ木の山も青々して見えてるのかな~」
「さあ、俺にはそうにしか見えないからね
他の人の見え方なんて、わからないから」
そこなんだよね~
他人が何色に見えるかなんて、その人にならない限りわからないんだよ
みんなが「赤」って言ってても、
みんなが、みんな同じ濃淡の赤に見えてるとは限らないじゃん
と、考えても、その人にならないとわからない…
その人にとっての事実が、真実じゃなくてもいいんだ
人ってたくさんいるから、真実なんて、人の数だけあるんだわ
何が真実か…なんて、一つに絞る必要はないんだ