■■2008年5月30日 移転前ブログにて■■
今日は告別式、そしてカミさんが荼毘に付される日。
朝からみんな慌ただしく動いている。
11時から告別式。
慌ただしく時間が過ぎ、葬儀場の係の人がカミさんを迎えに来た。
葬儀場の係の人が葬儀場にカミさんの棺を運ぶ。
カミさんの弟が通夜に引き続き葬儀参列者の受付をやってくれる。
徐々に葬儀に参列してくれる人たちが来てくれているようだ。
通夜の時から葬儀会場の中に、棺に一緒に納める思い出の品が飾られている。
落ち着いて見るのは今日が初めて。
俺が選んだんだけど、呆然としてた中で選んだので良く覚えていなかった。
カミさんが一番お気に入りだった服、そしてお気に入りの下着。
向こうの世界にいってもオシャレできるようにって選んだっけ。
カミさんが働いていた頃、会社の駐車場のカミさんの車に手紙を残してた。
当時俺は外回りの仕事だったから、ほぼ毎日手紙を書いて車のワイパーに挟んでた。
それをカミさんは1枚も無くさずにとっていた、俺がカミさんの鏡台から見つけた。
二人でふざけあって作った小物も見つけた。
そういえば・・・・その小物を作った時に話した事を思い出した。
「これは使ったらだめなんだよ」
「どちらかが先に死んだら一緒に持って行ってもらうものなんだからね」
そう冗談で言ってたのに、まさか本当になるとは。
そしてカミさんが好んで吸っていたタバコと、仲間たちと撮った集合写真も入れてあげる事にした。
前にも書いたけど、人が死ぬと思い出ってどうなるんだろう。
全て無駄になるのかな・・・無になってしまうのかな。
それとも思い出を抱いたまま次の世界に行くのかな。
生きている俺にはわからないけど、少しだけでも思い出の品を持って行ってほしい。
そう思いながら俺は選んだんだよな。
カミさんに心の中で聞いた、たくさんの物はいれられないけどこれでいいよな?って。
来る人々に挨拶をしながら、そんな事を考えていた。
時間はもうすぐ11時、告別式が始まる時間だ。
司会担当の人から席につくように言われた。
式執行役を申し出てくれた人が挨拶をし、俺と娘が前に立ち礼をする。
送られた弔電を司会が読み上げる、結構驚くような人からの弔電が届いていた。
そしていよいよ送り出す読経が始まる。
途中で俺と娘が焼香をし、前に立ち焼香をしてくれる人たちに挨拶をする。
娘は泣きたくなるのを我慢して、気丈に参列者へ挨拶をしている。
読経も終わり、カミさんの棺に花を入れる時が来た。
執行役の人がこう言ってた。
「荼毘に付されるまで仏法の教えでは耳は聞こえている、できるだけ話しかけてあげてください」と。
俺と娘が最初に花を入れる、話しかけてあげたくても言葉にならない。
唯一言えた言葉は「次に生まれ変わる時は病気で苦しまない人生を歩めよ」だった。
娘は「ママさよなら・・・」って消えそうな小声で言ったように聞こえた。
次々に参列者が棺に花を入れてくれる。
32年の短い人生を駆け抜けたカミさん、そんなカミさんにみんなは涙を流してくれた。
病気が最高に重い時、拒食症が最高潮に達して体重が34kgを切った時があった。
身長が165cmあったから、すでに生命維持の限界点を超えていた。
多分・・・・夜眠ってる間に一度死後の世界に行ったのだろう。
ある朝カミさんが俺に話してくれた、夢なのか現実なのかわからないけどと言いながら。
体が軽くなってお花畑の中を飛んでたの。
そしたらね、おばぁちゃんになった自分の顔が迫ってきたの。
それでグンと引き戻されたと思ったら目が覚めたの。
俺が「怖かった?」って聞くと、「ううん・・怖くなかった」って答えてた。
俺はその時にカミさんに言ったんだ。
「お前がおばあさんになるまで生きるという暗示だよ」
そう言うと、カミさんは「そうだね」って笑顔で答えたよな。
でも! お前はおばあさんになる前に逝ってしまった。
もうその夢が現実になることは無いんだよ。
俺は何度も心の中で言った。
「ばか! 死んでしまったら何にもならないじゃないか! 何で死んでしまったんだ!」と。
人が生きるには理由がある、死ぬにも理由がある。
そういう言葉を昔何かで聞いた事があるけど、カミさんが死ぬ理由はなんだったのだろう。
俺は永遠にその理由を知ることはできないんだろうな。
そう考えていた・・・・
棺に花を入れるのも終わり、棺にふたをする時が来た。
最後に花に埋もれたカミさんを娘と見る。
カミさんが好きだったピンク色の棺。
その中に眠るカミさんは好きだった花に埋もれて綺麗だった・・・・・
本当に今にも起きてきそうだった。
「全部冗談だよ~~ 驚いた? にゃうっ!」って言いながら起きてきそうだ。
「にゃうっ!」はカミさんの口癖だった。
その口癖ももう聞けないと思うと・・・・心臓を握られたように苦しい。
係りの人にふたを閉めて下さいと伝えた。
もう少しで正午、いよいよ出棺の時だ。
参列者は先に出棺ホールに向かっている。
親族はカミさんの棺と一緒にエレベーターで出棺ホールに向かう。
カミさんの棺を霊柩車に納める前に、棺を前に俺が参列者に挨拶をする。
事前に考えていた挨拶を言おうとするけど、頭の中が真っ白になった。
何とか挨拶を終えると、カミさんの棺は霊柩車に納められた。
親族はバスで火葬場へ向かう。
去年の11月に新しくなった火葬場、まさか自分の親族が使う事になるとは・・・
真新しい火葬場に到着し、火葬場の職員が移動用リフトを準備して迎えに来てくれた。
カミさんの棺はリフトに移され火葬炉の前に連れていかれる。
カミさんの前に火葬が行われているのか、炉の稼働する音が火葬場のホールに響いている。
生身のカミさんを見れるのはこれが最後だ。
棺の窓を開けてカミさんを見る、綺麗だった俺の最愛のカミさんを見れるのはこれが最後。
火葬場へ迎えに来た時は、もうカミさんは骨になっている。
娘が切ない表情でカミさんを見ている、弟も・・・親族も。
火葬場の職員が「よろしいですか?」と俺に聞いてくる。
俺が「よろしくお願いします」と言うと、職員は炉の扉を開ける。
昔と違って前室が広い、火葬場の炉の威圧感が全くない。
そこにカミさんはゆっくりと納められ、炉の扉が閉められた。
もう生身のカミさんは見れない・・・・もう諦めにも似た気持ちが込み上げる。
火葬が終わるまで葬儀場に戻り昼食だ。
13時半に焼きあがるので、30分の昼食のあと葬儀場のバスで火葬場へ向かう。
火葬場につくと職員が収骨室へ案内してくれた。
そこにはカミさんの白い骨が綺麗に横たわっていた。
飛び降りたときに折れた右足の大腿骨の折れている様子がよくわかった。
カミさんの骨はとても白く綺麗だったが、長い入院生活と拒食の時期を経て細かった。
所々紫色になったり緑になっている部分がある、職員は花の色素がついた部分ですと説明してくれた。
少しずつ骨壺へ骨を移す、もう涙も出ない・・・・・・・
粛々と骨壺に移していると、左手のところに結婚指輪が残っていた。
ダイヤは火葬の時に消えてしまっていたけど、プラチナだったので指輪は残った。
職員は金だったら溶けて残らなかったかもしれませんと言っていた。
その指輪は骨壺に入れようか悩んだけど、別に持ち帰る事にした。
骨壺にカミさんの骨を入れ終わると、職員が埋葬許可証の説明をしてくれた。
骨壺を箱に納め葬儀場へ戻る。
葬儀場の控え室の後片付けをして、いよいよカミさんは骨になって自宅へ戻るのだ。
娘が遺影を、俺の母親が遺骨を持ち自家用車で自宅へ向かう。
葬儀場の職員が先についていて、俺達を出迎えてくれた。
葬儀場の職員がテキパキと祭壇などを組み立てる。
そこにカミさんの遺骨と遺影を安置して、やっと肩の荷がおりた気がした。
葬儀場の職員と短い打ち合わせを終わらせ、やっと一息つける時がきた。
カミさんの親はもう少ししたら帰ると言う。
相変わらず場の雰囲気を読まない・・・・・・
俺は娘にカミさんの結婚指輪を形見で渡そうと思った。
あと・・・カミさんが肌身離さずつネックレスに通していた指輪も。
娘が生まれた後にカミさんにねだられて買った指輪。
当時流行っていた生まれた星座に合せたピンキーリング。
その二つを、結婚指輪が入っていた箱に入れて娘に渡した。
娘はそれを大切にカバンに入れた。
それが済むと、カミさんの親は帰っていった。
俺の母親は友人に頼んで送ってもらうことにした。
今晩からはカミさんの遺骨とともに初七日まで過ごす事になる。
もう写真でしか見れないカミさんの顔。
そう思うと切なくて・・・悲しくて、どうにもならない気持ちがこみ上げる。
今晩は眠らずについていようと朝まで線香とロウソクを灯し続けた。
翌日は俺の母親が来てくれた。
俺がかなり参っているのを心配してくれていた。
気分転換で少し出てきたらどうかと言われたので、行きつけの喫茶店に行った。
そこで俺の様子が少しおかしいのに気づいたママさんが、何かあったの?って聞いてきた。
俺がカミさんが死んだ事を伝えると言葉を失った。
コーヒー1杯を飲んで俺は家に戻る。
もうこの喫茶店にカミさんと来る事もできないんだな・・・・って思いながら。
やっと長い期間が終わったんだなって実感もわいた。
