私は平凡だ。
平凡以下の不器用だ。
偏差値はそれなりの65の学部と大学院の出身だけど、
高校生のときに、メンタルも弱くて、受験勉強が手につかずに立ち止まってしまったため、一般入試で正当に戦ったわけではない。
点数を取る勉強の仕方なんて知らない。
ちょっと背伸びして、偏差値高めの高校に行ったら、周りができすぎで、病んでしまった。
高校生のときは、つらくてつらくて、ゴミ人間だと自分をののしった。
がんばっているときもつらいんだけど、
がんばれていないときのほうがつらかったりする。機械とは違って私たちは人間だから、一歩を踏み出せないときもあるんだ。
そのあと、這い上がって、編入学で大学に滑り込んだかと思えば、周りは案の定、正当に努力して積み上げた能力の高い人たちばかり。
その後大企業に就職したかと思えば、仕事はできないし。
いつも周りと比較しては落ち込み、そしてまた落ち込み、その繰り返しで本当に不器用で。
海外に引っ越してきて、結婚生活でも夫に支えられてばっかり。
それでも生きている。
自分は故郷とははるか離れた世界で、私は生きている。
ACCAへの挑戦は、今まで頑張れなかった自分への挑戦と、無力・無能の自分から脱するための手段でもある。
もう一度言うが、点数を取る勉強の仕方なんて知らない。
だから、ACCAの勉強も、自分に合う勉強方法も自分で研究しながら勉強している。
他人との比較ではなく、いかに自分の能力を上げることにフォーカスするか。
本当は10代・20代でそうするべきだったが、不器用な自分にはそれができずじまいで、30代に突入してしまった。
苦笑いなんてしている場合じゃないって気づいたのは、ほんと、最近で。
私が働かないと、子どもたちに日本を見せに連れて行く経済的余裕もない。
世の中は誰もあなたに期待していないし、待ってくれもしない。社会は、「そう、あなたはできないのね、泳げないならおぼれればいい」という。
いや、そうじゃない。自分が自分の居場所を切り開かないといけない。自分が自分に期待するんだ。
数年後は何かしら、こんな不器用な私を受け入れて、子供を授からせてくれたこの国に何か恩返しがしたい。
だから、受検や資格勉強している人たちと一緒に頑張っていきたいし、
落ち込んでいたり、鬱で苦しんでいる日本の若い方も、ゆっくりでもいいから、一緒に一歩を踏み出していけたらいいと思う。
競争社会・日本で頑張っている皆様、ほんとうにすごいよ
。
サービスも商品も最高のレベルで届けなければサバイブできない社会(そこそこでいい社会もあるんですよ)にいて、あなたはすごい。心から尊敬する。それだけは自信もって。