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Internal auditor's tweets

「説明」と言われても何を説明すればいいのかわからない。
全角128文字で説明するのには制限があり過ぎるので気が向いたら、上手い説明文でも書きましょう。

サラリーマンにとって、働き方とは「やりがい」と「裁量権(コントロール度)」に左右されるものと私は思っている。

この2つの要素の大きさ重さにより、具体的な労働時間や勤務方法による疲労度は個々人でだいぶ変わっくる。

1つめの要素である「やりがい」とは、個々の社員が仕事における自己成長を感じることができているか、職場からの評価を感じているか、そして時にはどうして自分がその職場で働いているのか、その意味意義を認識しているかということ。

私の見る限り、新人や転職して間もない人たちは、新しい仕事における自分の成長を実感できている間は、同じ時間働いても、潰れるほど疲労がたまることはあまりない。

ベテランになって自分で成長を実感できずとも、周囲からの評価でそれを感じることができる限り大丈夫な人もそれなりにくい。

逆説的な言い方をすれば、とてもがんばったのに評価されないことで、ガクッとへこんで不調に陥るパターンは、どなたも見聞きしたことがあるのではないだろうか。

また、就職や転職してすぐのときは、タフな労働環境に直面しても、自分がどうしてその会社に職を求めたのか明確な人ほど耐えられる。

一方、あまり考えずに何となくその会社に就(転職)した人ほど、早くに潰れていく傾向がある。

2つめの要素である「裁量権」とは、職場において自分が持つコントロールの度合いのこと。自分で物事を決めたり、選ぶことができる範囲が大きい人ほど、疲労度は少ない傾向にある。

どのような優先順位で行うかだけでなく、どのような仕事は同僚や部下に任せて自分は何に集中するかを選択できる人ほど、それができない人に比べて明らかに疲労は少ない。

また、仕事そのものではなくても、働く時間の自己決定権が大きい人は、普段は遅くまで働いても、予定のあるときは早く帰ることができるのでストレス度は少ない傾向にある。

同様に職場の人間関係においても、誰と関わるか・関わらないかを自ら選べる人、フリーデスク制で苦手な人からは離れて座ることのできる人の方が、職場における心の疲労度は少ない。

こう考えてみると、働き方、つまりやりがいと裁量度に大きな影響があるのは、やはり職場の上司になる。

職場の上司たちのセリフに注目して、うつ社員を出しやすい会社か否かを判断していただければと思う。

部下にメンタルヘルス不調者を頻発させる上司と話すと「○○さんには期待していたんだけどなぁ」と話すことがよくある。

一方、メンタルヘルス不調者を出さない上司は、そのようなことを言わない。

なぜなら後者の上司らは期待は部下にするものではなく「示す」ものだと知っているからだ。

「期待する」は単に自分が期待するという行為なのですが、その期待に応えるか否かという責任が相手に委ねられてしまっている。

しかし、よく考えてみると、自分が期待をしているから相手がやらなければならない、という道理は何もない。

本来「期待する」のは上司の勝手な行為なのだから、その責任は上司にあるべきはずなのに、いつのまにか期待に応えるか否かは相手(部下)の責任になってしまうのが、「期待する」という行為なのである。

つまり「期待する」というのは一見、自分の行為にみえますが、最終的には「他責」の行為なのである。

一方、期待を「示す」ことも同様に自主的な行為ですが、あくまで上司が期待を示すのみで終わり、相手(部下)の責任にするものは何もない。

大切なのは、上司が期待を示したとき、相手(部下)がその期待に応えたいと思ってくれるかどうかである。

誰でも知らない人や好きでもない人から期待を示されてもわずらわしいだけですが、尊敬している上司から期待を示されたら、人は自発的に期待に応えようと思うもの。

メンタルヘルス不調者を出さない会社の人々は、このことを知ってる。なので、日頃から良好な人間関係を築いておき、そこに期待を示すだけである。

すると部下は、自主的にその期待に応えようとしますので「やらされ感」ではなく「やりがい」を持って働きます。結果、メンタルヘルス不調者が出にくくなる。

部下を怒れば「パワハラ」と言われ、褒めれば「気持ち悪い」と敬遠され、「自分はこんなにやっているのに…」と。

怒る技術やほめる技術、リーダーシップ研修やメンタルヘルス研修…等々、さまざまなノウハウ・技術研修を受けても「効果が出ていない気がする」と彼等は悩んでいる。

彼等は、あくまでも「自分」に焦点をおいて考えており「相手」にはない。

メンタルヘルス不調者を出さない上司たちは、そのコミュニケーションの焦点は「相手」にあります。

そして、相手を「承認」しています。承認した上で、怒ったり、ほめたりして、接している。

上司が部下を承認しているか否か、実は上司が部下にかける言葉、つまり「話し言葉」に注意するとわかることもある。

例えば、上司が部下にかける言葉で考えると、部下を承認していない上司は、「がんばってね」と言います。

部下を承認している上司は部下に「がんばってい
るね」と言う。

この違いが分かるだろうか。

がんばっている部下に対して「がんばってね」ではなく「がんばっているね」。

我慢している部下に対して「我慢してね」ではなく「我慢しているね」。

この「いる」という言葉の有無にぜひ注意して欲しい。

「いる」と言う言葉が入っているのは、相手の状態をわかり、承認しているということの現れなのである。部下のがんばりや我慢を「わかっている」「わかってくれている」と理解するだけで、人は救われる。

勿論、がんばりや我慢が不要で、根本的な原因が解決できることが最善であることはいうまでもない。

しかし、原因が解決できないことが多い世の中、この「承認」「認めてもらえた」「わかってくれている」ということが、不安や悩みやストレスを持つ人たちを元気づけたり救ったりする。

うつ社員を出さない会社において、上長たちに共通するのは、この「承認」という気持ちだと思う。


真面目な記事を投稿しました。

これが私の本来のスタイル。

コメント付けにくい記事です。

たまに、おふざけがあります。もやもや

もうブログ記事投稿は控えます。(笑)



おしまい。