夏場に182円/㍑まで高騰していた(我が家に一番近いスタンドの)ガソリンも急激な値下がりとなりまして、これから本格的な釣りシーズンを前に遠出をするにも抵抗感が無い価格帯になりましたね~。高速ETCも深夜半額、さらには一律1000円という話題も飛び出してきましたし、ほんと、うれしい事が重なります。しかしながら、燃料代やら高速代やら安くなって、気軽に高速道を使ってしまいそうだけど、運転にだけは気をつけないといけません。
実は、先日のZENSOH-TV取材(山口県蓋井島)へ出かける山陽自動車道上で、交通事故に遭遇しました(11/10夜)。
昨日(11/16)になって県警高速隊から事情聴取?的な電話が入り、事故直後の様子を話した訳ですが、運転していた娘さん(27)は事故から8時間半後に亡くなられたそうです。ニュースにもなったと、電話口で教えていただき、検索して、そのニュースを先ほど確認しました。
https://www.home-tv.co.jp/news/local.php?news_id=2008-11-114
(動画)
http://mainichi.jp/area/hiroshima/news/20081112ddlk34040577000c.html
(記事)
事故直後から30秒後か、1分後か、走行車線を走っていた私の前の大型ダンプがハザードを点滅させながら減速しはじめたのです。何事か?と右前方の追い越し車線に目をやると、中央分離帯にフロントをぶつけたジープ車(4WD)が真横を向いて追い越し車線をふさいで止まっていました。
ニュースによると「横転」したらしいのですが、頑丈な車なんでしょうね?、とても横転したようには見えませんでした。が、よくよく考えてみれば、車内の物が、かなり路上に散乱してましたので、横転したんでしょうね。
フロント部からは白煙モクモク。前を走っていた2~3台のダンプ車は、そのまま通り過ぎてゆく。私の車が真横に並んだ時、その尋常な雰囲気に、思わずブレーキを踏んで路肩に停車。
「だ・だ・だ、だいじょうぶですか?、けが人はいますか?」
走行車線の路肩に車を停車させ声をかけるも、その間を、次々と後続車が通り過ぎるのでドアを開ける事もできません。後続車のヘッドライトで、事故車の前方は真っ暗。路上の様子もぼんやりとしか見えず、その暗がりの中からか細い声で「娘が、娘が・・・」と。これは一大事と思い、助手席側から降りようとしたら、前方から青年が発煙筒を焚きながら近寄ってきました。
「発煙筒ありますか?」
とりあえず、大急ぎで車を降りた私は、発煙筒を持って次々と通り過ぎる車を前へ誘導・・・しかし、夜だけに走行車両の大半は大型ダンプ。立ち止まってくれることもなく次々と通り過ぎてゆくのです。「くそぉ、止まってくれよ」と思いながらも、(正直なところ、夜の高速道)後続車のライトばかり見ていたもので、目が慣れるまで時間もかかるし、うっかりよそ見運転の後続車が突っ込んでくるかもしれず、車を降りて路上を歩くなど、かなりの危険を伴います(怖かったです)。
車の流れが途切れたタイミングを見計らい、発煙筒を下に置き、走行車線を横断。先ほどの青年と負傷者の近くへとたどり着く事ができました。
事故車の前方、7~8mあたりで運転していた娘さんが倒れていました。母親の話によれば、直前を走っていた車が急な車線変更をしたためぶつかりそうになり、それを避けようと急ハンドルを切ったところ中央分離帯と接触した・・・との事。(ここからは推測ですが)娘さんはシートベルトをしていなかった為、助手席でシートベルトをしていた母親を横切る感じで、助手席側の窓を突き破り、そのまま車外へ投げ出されたようです。
現場で胸が痛い痛いと呼吸するのも苦しそうだったお母様、肋骨が折れていたのですね。とにかくその場では、「動かないで横になっていて下さい」と言いましたが、自分の事より娘の安否が心配そうでした。
後から考えれば、反省すべき事がありました。
「誰か通報しましたか?」
合計3名が救援に立ち止まった訳ですが、3名以外で、一番最初に119番&110番に連絡してくれたドライバーは、「仕事があるから」と通報だけして現場を立ち去っていたのです。「通報しました」という伝言を聞いて、その後、誰も電話していなかったのです。あの時、私も(重複でもかまわないから)通報しておけばよかった・・・・と。
パトカー到着が、10:30頃だったかな?、しかし待てど暮らせど救急車が来なかったのです。
救急車の到着は、事故発生から、小一時間過ぎた11時頃だったのです。
第一通報者の連絡を受けた救急車は、事故発生現場を特定できず、事故現場のすぐ先のインターチェンジから進入、さらにその先のインターチェンジへ向かったとの事。逆方向だったのです。Uターンして、事故車の後ろのインターチェンジへ戻り、そこから再び向かう・・・という事で通常の3~4倍も時間を浪費して(やっと)事故現場に到着した時は、事故発生から50分ほどが経過していました。
その間、脈はあるものの、身動きしない娘さん。お母さんの呼びかけにも、かすかな反応がある程度。「救急車はまだですか、救急車はまだですか?」という悲痛な叫びが、今も忘れられません。
即死だったのならともかく、頭部を打って事故から8時間半後に亡くなった。というニュース記事を先ほど見て、かなり悔しい思いでなりません。車から投げ出されたにもかかわらず外傷はほとんどなし。それで意識不明となると内出血?、状況的には一分一秒を争いますからね。
やっとの事で救急車が到着し、大声で負傷者に声をかけてました。その声に、やっと反応するかのように意識を取り戻したようなので安心していましたが・・・。
「仕事があるので」と立ち去った第一通報者も、場所を特定できない県外の人だったかもしれません。私ですら、事故現場にいた時は、(ちょっとパニックだった事もあり&すでに通報したと聞いた安心感から)、その場所が、どこなのか検討もつかないというか、負傷者の世話で一杯一杯でしたからね。
あの時(事故直後)、二重三重になってでもかまわないから、私自身でも通報しておけば・・・・と後悔してしまいます。
救急車の到着が遅かったという事もありますが、娘さんとお母様の生死を分けたものは、やっぱり「シートベルト」なのだと思います。急な車線変更をした車のせいで、自損事故扱い。ほんの一瞬で、若き命が消えてしまった事、大変残念です。「もしもあの時、ああしていれば」と悔やまれる交通事故でした。
娘さんのご冥福をお祈りいたします。