日出国の五千年検証のSFノート -26ページ目

日出国の五千年検証のSFノート

手前味噌な説ですが、確定している日本の正史は2600年余り…ですが、記録が残っていないだけで日本の国家としての歴史は5000年だと考えています。
科学的、地学的、考古学的、宗教学的にSF加味して検証したいと思います。

第4回です。
まだ、考古学の域です。

以前に書いた…アフリカを出た人類の遺伝子yのタイプCDEが、長い時間をかけて進んだルート。Cは中東から中央アジアを東に(最終到達は、オーストラリアとニュージーランド)、一旦北上してヒマラヤ山脈の北側をバイカル湖周辺を経由してシベリアを抜け太平洋沿岸から南下して日本とアラスカ方面からアメリカ大陸に渡りチリ最南部まで移動した。Dは、ヒマラヤ山脈北部、日本と東南アジアの島国の一国にのみ。主にCと共に移動したと考えられる。Eが興味深いのだが、大きな移動はせずに中東から地中海沿岸に住み着く事になる。
偶然なのかこのCDEの移動した所、軌跡の跡に黒曜石の産出地が重なる。Cは狩猟型と説明した。狩猟には黒曜石が必要不可欠な素材である。矢じり、槍の穂先、肉を捌くナイフ…マンモスなどの獲物を追い、探しながら新天地を求めると同時に、黒曜石の確保も重要だった。
日本に上陸したCとDも当然の如く獲物と黒曜石を求めていたはずである。
黒曜石の日本国内での主要産出地に北海道旭川周辺、秋田から山形にかけての奥羽山脈に小規模的に数ヶ所、栃木北部が東日本エリアでの主要な産出地。北海道産出の黒曜石は上質だと評価されているがトータルの産出量は多くはない。九州にも黒曜石は産出地がある。阿蘇や雲仙など火山の存在している地に産出がみられるが、東北、北海道と同様に量は多くない。近畿と四国では産出はなく、中国地方も内陸部にはないが隠岐に産出地が有名。そして中部地方こそ、日本における黒曜石の最大の産出地がある。その中でも、神津島の黒曜石が最上級とされているが、主要となった黒曜石の産出は八ヶ岳から美ヶ原高原の間の霧ヶ峰を中心地とした茅野市、諏訪市、下諏訪町に跨がるエリアが上質でかつ産出量も十分。
このエリアを抑えた者こそ当時の古代日本を制した者と云えるのではないか。少なくとも東日本は制していたであろう。
日本が一国として統一されていたと考えるのは都合がいい話しだろう。中国の様な戦乱の末に秦が中国を統一していくような話は古代日本にはない。どの様に統一の様な形に日本の情勢は動いて行くのか…。
ここから政治という物が始まります。

次回は、古代における政治の前に…DとEの人種について触れておきたいと思います。