大室山へ行った後、気になったところは
「貴船神社」 でした。
貴船神社は、磐長姫命さまが祀られているからです。
「鞍馬山へ行かない?」と誘いを受けた時
鞍馬の文字にすっごく反応したのですが
一瞬迷っていました。
しかし、この山に貴船神社があることがわかり
「行きます」と答えました。
鞍馬山 は京都府にあります。
鞍馬山に祀られているのは 魔王尊ですが
別名「サナート・クマーラ」 というシリウスから来た存在が
650年前、金星経由で地球に降り立ったところと聞いたことがあります。
このサナート・クラマはアセンデットマスターです。
そして、この鞍馬山は、次元ポータルのある場所とも
聞いたことがあり、以前よりとても興味がありました。
京都の町中にある、有名な神社仏閣などには興味がそそられないのですが
この鞍馬山は別でした。
鞍馬山は、貴船川、鞍馬川に挟まれた山で
沢から流れる水の音が心地よく感じ
山々の岩などから染み入る水と苔が
とても美しく感じる「水の山」です。
京都は、シャーマンワークがハードで
人と喋ることが嫌になり
癒されてない感情が表に出てこないようにすることが
精いっぱいでもありました![]()
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自らがまいた種は自らが刈り取る→濃いカルマの数々を
町中歩いている時、電車に乗っている時に、
スクリーンで見ているかのように感じながら、
輪廻カルマが深い=歴史の深い場所
のすごさを感じさせて頂きました。
待ち合わせした人達と貴船神社近くのお店で
ランチをしてから貴船神社へ参拝に行きました。
鞍馬山は、標高584mの山ですが
山頂にある 鞍馬寺 まで
坂や階段が結構きつくて、上っている最中から
左ひざが痛くなってしまいました。
下山した時は、更に痛くなっていて
ただでさえシャーマンワークは厳しいし
余計誰とも喋りたくなかったので
私は一足先に比叡電車 で宿泊先ホテルのある京都駅まで帰りました。
比叡電車は鞍馬駅~出町柳駅まで走っています。
出町柳駅から電車を乗り変えて京都駅まで行きます。
この出町柳駅に着いた時
ちょっとコーヒーでも飲んで一休みしよう!と思いました。
カフェに入り、温かいコーヒーを飲みながら
目の前に大きな神社があるこに気付き
調べてみたらそこは 「下鴨神社」 というところでした。
参拝に寄らせて頂きたいとも思いましたが、膝は痛く、日も暮れてきていたので
やめて、京都のホテルへ向かいました。
翌朝、早朝新幹線に乗った途端に
痛かった膝の痛みはスッと消え
増幅していた自分の癒されていない側面の数々が消えて行き
とても楽になりました。
また、大室山の時から不調だった腎臓の痛みや膀胱炎、
良性発作性頭位めまいも、京都に入る時には
まだあったのですが、この時には感じなくなりました。
楽になった時、「私ったら、ちょっとは頑張ったのよね~
」と
少し自分を誉めてあげながら
10時半には自宅に到着し
着ている物やバッグ、スニーカー全て洗濯し
家の中の空気を入れ替え掃除して、
自分自身を取り戻す為にも
世の中で一番美味しい
と感じる
「おうちごはん」を丁寧に作りました。
自宅で自分を取り戻しながら
出町柳駅でお茶した時に視界に入った下鴨神社のことが気になりだし
ちょっと調べてみたところ
下鴨神社は景教という
原始キリスト教ネストリウス派を
日本に伝来させた
秦一族の神社でもあり
12支すべての社があり
この社のことを、キリストの12使徒という説もあることがわかりました。
また、京都の平安京は、イスラエルのエルサレム(平和の都)の直訳でもあり
京都とキリストは深く濃く、
関わりある場所なのだと感じました。
鞍馬山には天狗の伝説がありますが
この天狗も、キリストの一部とも言われていますし
先日、私のところにお見えになった
猿田彦大神もキリストの一部。
大室山の主(磐長姫命)は、キリストと血の繋がりのある神という説もあり
そうなると、主様の目の前で、聖書の話を聞いていたことも
繋がってきます。
地球の色は青と黄緑→エメラルドグリーンと思っていて
その2色は「キリスト意識」と過去に聞いたこともあります。
私には、この2色は水の色と直結するのです。
水関連のお仕事だったので、そう思ってしまうのかもですが
水=キリストと思うと、ハートの奥がフワッと温かくなり
優しい喜びのエネルギーに包まれたような感じになりました。
こうやって、自分が辿ったところで
視界に入った事などを
調べていると、わかってくることがあります。
感じ得ることで
何が知りたかったのかが少しずつわかってくると同時に
一瞬でも、喜びの間隔に包まれたことが幸せでした。
そして、ハードだったけれど、
行ってよかったなぁ~とやっと思えるようになりました。
人はそれぞれ、
降ろしたい事
感じたい事、
見たい事、
知り得たい事は違います。
自分がした行動は、
全て私にとってよかったと思える事なのだと思いました。
たとえ、どんなに辛くなってしまうことでも
一緒の人と同じ事をしていたくない場合でも
違う道を辿ることで
私が知りたかった、感じたかったことがそこにはあり
それは変な事でもいけない事でもなくて
ただただ、行動を起こす自分を信じていればそれで良い事なのだと思いました。
今回、下鴨神社の前でお茶をしなければ
きっと、キリストと京都の事も繋げて捉えることが出来なかったのだと思います。
そして、何より、このあたたかな優しい「喜び」を感じる事が出来なかったのだと思います。
私は私が知りたかった事を知る為に自分を貫いていたのだな~と思いました。
「自己信頼」 を学んだライトワークでした![]()
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キリストと水と京都のことでは
この先、続きがあるのかわかりません。
ある日突然、咀嚼することが出てくるかもしれませんし
そのうち忘れてしまうことかもしれません。
また、気付き得たことがありましたら
ブログに綴らせて頂きます![]()
ご一緒して下さった方々、ありがとうございましたm(__)m














