時々 お向かいさん(といっても、うちはマンションだけど。あちらは戸建)が 電話をくれる。
「いま家にいる?ちょっと行っていいかな?」と。
亡くなった父より いくつか若いおじさんで 二世帯住宅に建て替えて 息子さん夫婦と暮らしていて 4歳くらいのお孫さんにも恵まれている。
定年は過ぎたが 再雇用的なもので いまだに働いていらっしゃるので スーツ姿で会社帰りにマンションの階段を登ってこようとしたのが見えた。「(私)いま降りますから」と言ったら傘を畳んで待ってくれた。
肩掛け鞄から 保冷剤の入った大きなジップロックを出して私にくれる。
「茅ヶ崎のしらすなんだけど、2つ頂いたからさ。」
時々こうして 何かお裾分けしてくれたり 息子の受験の前にはお守りを届けてくれたり 合格したらお祝いを持ってきてくださったりする。
私は息子がお腹にいるときに このマンションに越してきた。地元だけど、縁のある土地ではない。
知り合いもいないし当時パパは夜勤だったので不安で 近所と関わろうと、強制ではなかったが町内会に入った。
しかし町内会といえば役員があったりする。そこまで考えなかったが 高齢化する町内会で役員を皆で順番にやっていた状態だったので 私はまんまと白羽の矢をたてられた。息子を預ける先もなく、幼子を連れて、とても大変だった。
その時に お向かいのおじさんも一度会長を勤めた。(この方がわたしを役員にしたのではない。)
「いつも、頑張ってるね」「あなたが入ってくれて本当に助かるよ」家の前で会うたびに いつもニコニコして私を誉めてくれた。
いまは仕事もできていないし 子供も町内の行事に参加することはないので 病気の事を正直に話して町内会は抜けたが お向かいさんも他の方も 会えば「元気?」と笑顔で気遣ってくれる。
役員の時は 毎週末は全て仕事(もちろん無償)があり 月に何度か夕方の会議にも幼子を連れて参加し 区の行事にも駆り出されたり 本当にきつくてよく泣いた。
だけど その時に出会った人達は 自分の身内のような目を私と息子に向けてくれる。
もう二度と あのような仕事はやりたくないし出来ないけれど やってよかったな。
親のない私が 時々我が子のように接してもらえる時があるのだから
