子育ては赤ちゃんが産まれた時点からスタートする。
スタートしたということはいつかはゴールする。ゴールのないマラソンがないように。
ではそのいつかはいつなのか。それを見極めなければならない。
子育てをマラソンにたとえると、最初は歩けもしないから、子供をだっこかおんぶしながら保護者が走ることになる。歩けるようになり、走れるようになると、横で一緒に歩いたり併走したりすることになる。
そして子供が思春期を迎えた頃、保護者に併走されることが子供は嫌になってくる。理由はシンプルで、自分一人で走れるか試したいのだ。思春期は、文字通り自立を試みる時期である。
ここが子育てマラソンのゴールである。保護者はゴールに来たと思えば、走っていた足を徐々に止めて、まだ走り続ける子供の少し大きくなった背中を見送らなければならない。ここからどんなペースで走るかやどのコースを走るかを決めるのは保護者ではなく、一人で走り出した子供である。
このときにゴールしているのに走りつづければ色々な弊害が出てくる。子供は自分一人で走りたいと望んでいるのにしがみつくように保護者が併走してくると、言い合いの喧嘩になり関係は悪化する。いわゆる思春期の反抗である。他にも、違う道を走ろうとする子供の腕を取って保護者が望む道に引きずり込むようなことをすれば、子供は保護者を振り切るために力づくの手段に出なければならない。これがいわゆる家庭内暴力。あるいは、しつこい保護者に辟易して目を盗んでコース外に行方をくらませたりもする。これがいわゆる家出。
といった感じで、子育てマラソンをゴールしているにもかかわらず保護者が併走し続けることは子供の健全な自立を大いに妨げることになる。
産まれてから今までおむつを変えたり、ミルクをあげたり、自転車の練習に付き合ったり、音読を聞いてあげたり、好きなおかずを作ってあげたり、チョウチョ結びを教えてあげたり、そんなふうに寄り添って来た保護者にとって、ゴールした途端に併走をやめることは難しいことだと思う。ましてや自分たちの方が子供より人生が何たるかを知っていて、良いも悪いも分かっている。
でも子供は一人で走らないと、転んで痛い目に遭わないと、道を間違って不安にならないと、そこから自分で考えて地図を見たり、人に聞いたりして目的地に向かわないと、自立できないのだ。
あなたが子供の自立を望なら、子育てマラソンのゴールが来たら一緒に走ることはやめたほうがいい。もう転ばぬ先の杖はいらない。かわいい子供には旅をさせよう。虎穴にいらずんばなんちゃら。
では併走をやめた保護者は何をすればいいのか。
答えは自分のことをすればいいのである。趣味や仕事に没頭すればいい。そして思い出したようにたまに、走っている子供を沿道で応援するのである。一人で悪戦苦闘しながら、よろめきながら走る子供の、少し大きくなった姿を暖かい眼差しで見守ってあげればいい。
もし子供が沿道に立つ保護者を見つけ近づいてきて「このペースでいいかな?」や「どっか良い迂回路知ってる?」と聞いてくれば、そのときは保護者として、人生の先輩として子供にアドバイスをすればいい。ほんの数十メートル併走することを子供が許可したわけだから。
最後に子育てマラソンのゴールテープはおそらく分かりづらい。思春期を迎える時期の保護者の方は自分の腰にゴールテープが引っかかっていないか常に注意してほしい。
スタートしたということはいつかはゴールする。ゴールのないマラソンがないように。
ではそのいつかはいつなのか。それを見極めなければならない。
子育てをマラソンにたとえると、最初は歩けもしないから、子供をだっこかおんぶしながら保護者が走ることになる。歩けるようになり、走れるようになると、横で一緒に歩いたり併走したりすることになる。
そして子供が思春期を迎えた頃、保護者に併走されることが子供は嫌になってくる。理由はシンプルで、自分一人で走れるか試したいのだ。思春期は、文字通り自立を試みる時期である。
ここが子育てマラソンのゴールである。保護者はゴールに来たと思えば、走っていた足を徐々に止めて、まだ走り続ける子供の少し大きくなった背中を見送らなければならない。ここからどんなペースで走るかやどのコースを走るかを決めるのは保護者ではなく、一人で走り出した子供である。
このときにゴールしているのに走りつづければ色々な弊害が出てくる。子供は自分一人で走りたいと望んでいるのにしがみつくように保護者が併走してくると、言い合いの喧嘩になり関係は悪化する。いわゆる思春期の反抗である。他にも、違う道を走ろうとする子供の腕を取って保護者が望む道に引きずり込むようなことをすれば、子供は保護者を振り切るために力づくの手段に出なければならない。これがいわゆる家庭内暴力。あるいは、しつこい保護者に辟易して目を盗んでコース外に行方をくらませたりもする。これがいわゆる家出。
といった感じで、子育てマラソンをゴールしているにもかかわらず保護者が併走し続けることは子供の健全な自立を大いに妨げることになる。
産まれてから今までおむつを変えたり、ミルクをあげたり、自転車の練習に付き合ったり、音読を聞いてあげたり、好きなおかずを作ってあげたり、チョウチョ結びを教えてあげたり、そんなふうに寄り添って来た保護者にとって、ゴールした途端に併走をやめることは難しいことだと思う。ましてや自分たちの方が子供より人生が何たるかを知っていて、良いも悪いも分かっている。
でも子供は一人で走らないと、転んで痛い目に遭わないと、道を間違って不安にならないと、そこから自分で考えて地図を見たり、人に聞いたりして目的地に向かわないと、自立できないのだ。
あなたが子供の自立を望なら、子育てマラソンのゴールが来たら一緒に走ることはやめたほうがいい。もう転ばぬ先の杖はいらない。かわいい子供には旅をさせよう。虎穴にいらずんばなんちゃら。
では併走をやめた保護者は何をすればいいのか。
答えは自分のことをすればいいのである。趣味や仕事に没頭すればいい。そして思い出したようにたまに、走っている子供を沿道で応援するのである。一人で悪戦苦闘しながら、よろめきながら走る子供の、少し大きくなった姿を暖かい眼差しで見守ってあげればいい。
もし子供が沿道に立つ保護者を見つけ近づいてきて「このペースでいいかな?」や「どっか良い迂回路知ってる?」と聞いてくれば、そのときは保護者として、人生の先輩として子供にアドバイスをすればいい。ほんの数十メートル併走することを子供が許可したわけだから。
最後に子育てマラソンのゴールテープはおそらく分かりづらい。思春期を迎える時期の保護者の方は自分の腰にゴールテープが引っかかっていないか常に注意してほしい。