OBON
お盆。
先祖や亡くなった人たちが苦しむことなく、成仏してくれるようにと、私たち子孫が、報恩の供養をする時。
私の家でもご多聞にもれず、お盆らしきスケジュールをこなした。
親戚が集まり、仏壇の前でお坊さんの読経を聞きながら手を合わせている時、ふと思った。
この中の何人が、本当に心の底から他界した家族や親戚を悼んでいるんだろう?
そう思う私がどうかしているのかも知れない。
しかし、昨年母が他界した時のゴタゴタが、私を懐疑的にさせてしまっていることは事実である。
ここに詳しくそのゴタゴタを書く気はないが、当時「人間の最小単位は『個』である」と再認識させられた。
本題に戻る。
どれだけの人間が他界した家族や親戚を悼んでいるのだろう?
この問いには当然ながら明確な答えなどない。
コレを書いている今も自問自答するばかりである。
しかし、一般的には、忙しい中時間を割いて集まり、おそらくは意味も解らず子守歌のように聞こえる読経を聞いているという事と、他界した人を悼むという事はイコールなのだ。
まぁ、読経を聞きながらそんなことを考えている私も同じと言えば同じなんだが。
そんなわけで、今晩眠る前には、他界した家族へこの言葉を心の中でつぶやいてから休もうと思う。
「ありがとう」
