私的日本史 -2ページ目

【尊皇攘夷】

京都に着いてすぐ、
『浪士組』の提案者である清河八郎は、
皆に、『浪士組』の本当の意は幕府の為ではなく、
尊皇攘夷であると皆に説明する。
即座に、京都を離れ江戸に戻るとするが、
近藤始とする一部がこれに激怒する。

尊皇攘夷とは、
天皇を尊び外圧・外敵・外国を撃退しなければ
日本の未来はあり得ないという表現で、
江戸幕末に革命の旗印になり、
各藩や公家または幕府内の過激派の間で
熱く論じられた思想である。
幕府が勝手に、外国と不平等な開国に応じた為に、
不満が出てこの思想の者が多く出て来た。

遠ざかる〜:沖田

【1863.02.29】

え~。
江戸に戻るって...。
も~、京都見物できないじゃん...。
揉め、揉めモードだし...。

残る:土方

【1863.02.29】

清河の野郎。
ふざけやがって!!

切腹もんだ!!

馬鹿げてる:近藤

【1863.02.29】

尊皇攘夷など...。
我々は、幕府と共に有り。

この地を離れる訳にイカン。
絶対に。

京都:土方

【1863.02.29】

何処に何が潜んでいるか分からん。
気は抜けんなっ。

総司の奴
京都見物したいなどと。
まったく...。