加計学園の獣医学部問題。「首相案件」という言葉が、愛媛県庁の職員のメモが見つかった。

 ふつう、地方の役所は、霞ケ関とのやりとりで、自分が不利にならないように記録している。なぜなら地方分権など口先だけのことで、中央と地方では、圧倒的に中央が優位だからである。とにかくメモをしておかないと、言った言わない問題は負けになってしまう。


  僕が2007年に東京都副知事に任命されると、すぐ参議院議員の議員宿舎建設問題に遭遇した。

 紀尾井町の清水谷公園裏の森を伐採して高層ビルを建てる、という話である。ところが調べてみると、はじめの説明ではそれほどの高さではなかった。

 07516日に参議院側が持参した正式な申請書類では、16階建て、高さが56メートルになっている。

 僕は都庁の職員に、最初はもっと低かったと聞いているが、その打ち合わせメモがあるはずだ、と訊いた。職員は、メモがある、とは言わなかった。メモはあるはずだ、と根気よく説得を繰り返すと恐る恐る出してきた。2年前、057月の参議院側からの説明を受けたときの都庁職員のメモで、鉛筆書きの乱れた走り書きで、「高さが30メートルか40メートル?」とあった。「10階建て?」とも記してあった。

 都庁職員には低めの数字で説明して、事務的な前段の作業を終わらせておいて、正式な書類でほんとうの数字を示したのである。騙し討ちである。


  しかしこのメモのおかげで、勝負あり、だった。

 僕は参議院事務局が協議のために来庁した際に、この都庁職員の走り書きメモを示して、こういう汚いやり方は認められない、と迫った。攻め込まれた参議院の課長は、「そんなメモは後からつくることができる」と失言してしまった。「その発言を撤回しない限り、この部屋を出られませんよ」と僕は語気を強めた。参議院宿舎建設問題はこれで終わった。

 ただ、建設予定地が都議会のドンの選挙区であり誰も言い出せなかった事柄だったため、以後、僕はドンの復讐の標的にされたのだが。


 柳瀬前首相秘書官の「記憶にない」は、愛媛県庁職員のメモがある限り、逃れようがない強弁弱論で、そのうち認めざるを得ないだろう。にもかかわらず、安倍首相は知らぬ存ぜぬー、無理がある。


猪瀬直樹  作家