∗̥⁺➸続きです。
母の実家や姉宅の裏にある山・魚見岳 (「裏の道から行かんね、すぐ着く」と言われ、その道で行ったら ポツンと一軒家みたいな細いくねくねの山道で 長女が運転してくれていたから余計に怖くて怖くて、対向車が来ない事だけを祈って手に汗を握っていました)に
登って、展望台から湾にある知林ヶ島へのちりりんロードが現れるところを見て(東シナ海の干潮になると出現する道・21年前は満潮になる所を見ました)
数時間後には道は海の中に。
母も伯母も展望台には一緒に行ったので、島に渡るか一応誘ったら
「渡りたくない。いい思い出なんかない。」と即答で断られ、ボロンくそに言ってました
なんでも子どもの頃は島にある畑に草取りに行かされるのが日課だったとか。道が現れてる間に行き来出来ないと櫓を漕いで行かされた。
帰ってこれないと一晩あの島に泊まるしかない蛇だらけの島。大嫌いと伯母さん共々ギャーギャー言ってました。
今や島と陸を結ぶ道を「ちりりんロード」と銘打って 縁結びの観光地となっておりました。
行く前に 従兄が「係員のおじさんに帰れと言われたら戻らなかんよ。渡り終える前に波が膝まで来た事があるけど、潮の流れが早くてやばかった」と教えてくれました。
「あっという間に潮が満ちて海に呑まれて昔何人も死んだ」だの、「潮の流れが早いから泳げる人でも流される」だのと母 伯母共々言い出して軽く脅され
干潮時は気持ち良く歩けても、満潮時は波がすぐ足元に迫り脅されたのもあってなにやら怖かったです
たしかに波打ち際に♡を描いても次の波にすぐ消されてしまい、足元まで波が来てスニーカーが濡れないよう逃げながら帰りました。
駅名きいたりして少し話してました)が
応援に駆け付けてきて3人で説得していました。
(結局どうなったか知らん)
他には親戚の高崎正治氏が設計したとかいう「なのはな館」を
見に行けと言われ しゃーなし行ったら サンダースのマンホールがあり
他のも指宿市内にあるというのでポケモンマンホール探したり。
途中で、思い出したようにポケモンGO入れてました(わたしは やってない)
ポケモンマンホールと写真撮るために、何度もしゃがんでいたらさすがに足首が痛くなってきたと長女。(整骨院でスニーカーにインソール入れてもらったおかげで痛みなく歩けていた)
∗̥⁺➸また続きます
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