柳生音松の『後の戯言』

柳生音松の『後の戯言』

概ね趣味の小説『シャドウ』シリーズに関わることを書いてます。

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「文章の書き方が好みです。文さえあっていれば、読み進めた可能性が高いです」
 
 
というコメントいただきました、エブリスタでオリジナル小説シャドウシリーズを執筆(休止中)してる柳生音松です。
 
 
んー、読むに値しないなら、それでいいのに、何とも無意味な感想だなと。笑
 
 
いや、実は、細かいこと言うと、小説を書く気は、僕には微塵もないんです。
 
僕は小説を、今のシャドウシリーズを18年くらい前にやめてまして、
 
高校生時代に文化祭に出すのが、創作第1期。
 
卒業して2年目に、OB特権でまた高校文化祭に出すために書いたのが、創作第2期。
 
 
二十代前半から後半あたり書いていたのが、創作第3期。
 
 
そしてこの第3期は、元々目標にしていた作品を書ききれずに、頓挫。これがやめた18年前のお話。
 
何度も言ってますが、その当時イメージイラストや挿絵を担当していたブチ君に迷惑を掛けてしまい、今もモヤモヤが残っている、第3期です。
 
キャライラストのラフ案とか結構描いてもらったりしていたので。

 

(当時のラフ案の内の2枚)

 
その時に、もう書くのは二度とないなと確信しました。
 
理由は、今も同じなんですけど、
 
何故か僕は何かやろうとハマったり、夢中になることが出来ると、
 
信じられない忙しさに見舞われる呪い的ジンクスがあって、
 
創作第3期の以前は、深夜残業もありつつ、時間もあって結構遊んでいたのに、
 
創作再開してから、はあ?ってくらい日々、それも公私ともに忙しくなりすぎて、何も考えられなくなって…。
 
格闘、武道も同じで、諦めないで齧り付いていましたが、限界が来たところで、怪我して、職場で怒られたりで(指折ったくらいで仕事に影響はない)でやめました。
 
ちなみに、会社は“ゴルフ”だと腰痛めて動けない人は怒られないのに、格闘技は怒られるという理不尽な扱いだったり…。ゴルフはOKという空気。
 
 
 
話が少し逸れましたが、
 
創作第3期についての頓挫理由の半分がその多忙さです。
 
 
もう一つは、そもそも文章の書き方なんて知らないってこと。
僕は妄想、想像をするのが子供の頃から好きで、何もすることがないとぼけーっと自分の世界に入ってしまう人で、
 
そんな中生まれたのがシャドウシリーズなんです。
 
その妄想や想像の中で、設定やストーリーの外形を考えるのは大好きで、
 
頭も悪く、文章の書き方なんて知らないので、小説を書きたいわけではなかったのです。
 
勉強も出来ず、いい歳になった今でさえ、頭の悪さに恥をかくこともしばしば。苦笑
そんな“無能音松”です。
 
実際にはシャドウシリーズの企画やプロデュース的なことを考えて、
 
文章を書ける人、絵を描ける人に、形にしてもらえるととても理想な作品が出来るだろうなと、それも又妄想、想像しています。笑
 
シャドウシリーズのキャラに声を当てて、YouTube系の漫画みたいのが出来たら最高ですね。
 
 
 
 
と、まあそんなわけで、そこまで行う資金力も時間もないので、
 
 
僕が自分で小説という形で書いてるのでした。
 
“仕方なく”とまでは言いませんが、雑文だよなおいおい、という自覚はあり、
 
せめてプライベートを確保出来る時間があれば、文法云々はともかく、丁寧に見直して、読み易さを求めて書こうとは思うのですが、
 
書き進めないとまた頓挫するなという確信があって、ただただ書き進めることに重点を置いてました。
 
雑文でも外形や流れを書き残しておけば、あとから修正や書き直し出来るので。
 
 
だから、そんなわけで、僅かな方々ではありますが、
 
僕の雑文作品を一つではなく、複数読んでいただいてる人たちは、
 
その辺を気にせずに、おそらくストーリーの外形、雰囲気、キャラを読み取って読んでくれているのだろうと思ってて、
 
それがとても嬉しく思い、本当に感謝しています。
 
 
誤字は勿論、文法云々やらは解った上なので、
 
 
「文法さえ合っていれば読み進めた可能性がある」
 
とは、何と余計なお世話だと思う反面、自覚していることでもあり知ってて敢えてという部分なので、やはり余計なお世話と思うループになり
 
こんなブログを書きました。笑
 
 
読む読まないは読者様の自由なので、何とも言い難いコメントだなと、思って。
 
 
 
でも、小説って、特にオタク気質な人は、大なり小なり書いた経験ある人が殆どじゃないかなと僕は思ってます。
 
誰もが漫画を描ければ、そこに行き着くのでしょうが、残念ながらそれは難しい。
でも文章ならばと、小説は趣味としても手は出しやすいわけで。
 
 
ところが頭の中では世界観が広がってるのに、いざ書いてみると、手が止まり、悩み、やめた
 
 
そんな人がいっぱいいっぱい、いると思うのです。
 
 
だから、表現が下手だったり、文章が上手くない執筆者さんでも、書き続けてる人って凄いなって、僕は思ってます。
 
純文学を目指すでもない限り、、書き方なんて、自由ですよ!
 
 
多分。笑

皆様、ご機嫌いかがお過ごしでしょうか?



エブリスタで、オリジナル小説“シャドウシリーズ”を執筆している、


柳生音松です。



今日は、



“阿修羅 才邪”



について、少しだけ語りたいと思います。





現在、才邪が登場している作品

The girl is a warrior 伊緒




その前に、



ここのブログは、僕の作品を読んでいることを前提に、設定や登場人場合の名前が、日常会話レベルで出てくるので、



悪しからず。




で、“阿修羅 才邪”についてですが、


あまりに名前が浮いてるんじゃね?厨二病的な感じで。



確かに他の登場人物と比べても特別そうなのですが、


シャドウシリーズって、僕が17歳の時…、さらに言えばその大元になるストーリーは15歳の時に考えていたものを、



すっかりいい歳になった今、改めて書いてるのですが、



新キャラ以外は、極力当時の少年時代の柳生音松が考えたものを、そのまま使うという考えがあるのです。



当時の自分に対するリスペクトです。


シャドウシリーズは、妄想力や想像力が減退した今の僕が、ゼロから考えろと言われても無理な作品で


10代の頃の僕が考えていたからこそ、そこを土台に考えられてるわけで、




柳生少年すげーな、とか


若い頃っていいなって


思ってて、


今見るとバカみたいなことでも、当時の自分ではナイスアイデアだって楽しくやってて、


それが今となっては貴重なことだと思いまして。


今の僕が出来るのは、当時より経験と知識が少し増えたことで、そこを肉付けに使ってる感じで、、、




話が出たしからそれまくりー、ですね。



さて、そんな“阿修羅 才邪”について、自宅からこんなものが出てきました。




またね、小説のどこかにちゃんとした画像をアップしますが、


これは、シャドウシリーズにおける前イラスト担当だったブチ君が描いた設定ラフです。


今からだと25年前くらいに描いていただいたものだと思います。


これは、六堂 伊乃が高校三年生の頃に現れるという作品を執筆していた時のもので、15歳の才邪です。



またこのラフ画については、あとでエブリスタの方に書いていきますので省きますが、


思いつきではなく、ちゃんと昔に考えたキャラだよって証拠ですね。



お遊びで、最近AIをたまに使うのですが、才邪の特徴である“逆立てた髪”を、AIでなかなか表現出来ず、


あれやこれやと時間かけてやってて出来た、才邪っぽいイラストがこれ。(結局時間かかるんだから、手描きと変わらんよな…)


どうですかね?




ま、そんな感じで、


阿修羅 才邪は、これからもちょいちょい出て来ますので、よろしく

お久しぶりです。

 

趣味で、小説サイト“エブリスタ”にて、


オリジナル小説『シャドウシリーズ』を執筆している柳生音松です。



ここでは、日時会話並に、シャドウシリーズに出てくる登場人物や設定のことが出てきます。


僕の小説を読んでるのを前提にしてますので、その辺りの説明はしませんので、悪しからず…




とは言ったものの、



忙しくて、小説のストーリーを考える時間がなくて、滞りが日常化してます。



が、


決してサボりではありません。


マジで!多忙多忙多忙多忙です。



そんな多忙な中、最近、AIでイラスト生成をしてます。



時間あるやんけ!



と思われるかもしれませんが、


設定や展開や文章を考えることに比べて、AIでイラストを生成するのはケタ違いに手間が掛かりません。


寝る時、


仕事中でも


打ち込んだワード何度も適応させておくだけなので。


CMが一つおわると、一つのイラストができます。


その殆どがゴミみたいな、見方によっては芸術的なものばかりですが。笑



例えば、これ一見するといい感じの由希菜ねーさんですが


指はこんなです。カップは両手で持ってるようにも見えたり、指の形曲がってたり。


それでもこれはマシな方。





ちなみにそのCMは、


無料アプリの定めみたいなもので、無料の代わりにCMが必ず流れるのです。


大抵、指の数がおかしかったりで、“遊び”としては楽しいけど、ガチの作品作りには至らない感じです。




ただ、本気でAIを駆使して作品作りをしてる方は分かりませんよ。


お金を掛けてやるハイスペックなAIもあるんですよね?AdobeもAI機能入れてるし。



絵の描ける人が、作品を制作ツールとして使うのであれば、僕みたいな絵の素人がただ無料AIアプリを使うのとは異なる出来栄えじゃないかなと、感じます。



確かに、僕の使っているアプリも前よりはクオリティアップしたなと思いますが、個性という点や、温かみはないので、感激はないです。


学生の頃に初めてシャドウシリーズのイメージをブチ君に書いてもらった時、





同シリーズのイメージを16、7年ぶり晴乙さんに描いてもらった時、





20以上前から存在しながら一度もイラスト化したことなかった“夕紀”を永野あめさんに描いてもらった時



等々、



あの感動には


今の所、匹敵するものはないです。



でも、20年以上前に、絵を描くのにデジタルが普及し始めた頃、


賛否ありました。




でも当時僕が思ったのは


アナログで描ける実力、技術のある人がデジタルを使うのが一番だなって。


結局絵の基礎は同じですから、アナログで描けない輩のデジタルイラストは、魅力はなかったです。


あの当時のデジタルで描く人、コミケでも感じたけど、あーこれちゃんと描けない人がて誤魔化してんなーとか、楽してるなとかあって。


(森気楼氏が、当時Photoshopでイラストを描くというのは、すごいなと思いましたが。KOF99のパッケージが、衝撃的でした)


これ。




でも、


年月が経つにつれて、


デジタルのスペックも向上して、


デジタルで描く人も洗練され、今は当時とは変わってきたのかなと感じます。



それとさっき“楽してる”なんて述べましたが、


確かにね、一々バケツで水を用意したり、しっぱいしたら、紙を捨ててやり直しなんてことがないのはいいのだろうと思ってまして、


今も変わらずにいたら、


僕も絵師様に依頼する際に、ここはこーして、あーしてとは言えません。





で、AIの話ですが、


既にAIを駆使したガチ勢制作者もいるのですから、


今後更にハイスペックになって、作り手も洗練され、


大きくイラスト…だけではなく、映像の分野も変わっていくのかなと思います。


と、


そこまで深く考えてるわけでもないのですが、


とりあえず、気兼ねなく作れるので、そこは楽だなと。


でもね、同じ服装の同じ顔の、それでいて違う角度、違うポーズ、違う表情のキャラを作ることはできないので、

(できるAIもあるのかな?)


僕の作ってるのは、あくまでシャドシリーズの、“っぽい”イメージです。





もともと、空手を使う家政婦の“支倉 舞”という、


かなり個性的な登場人物を生成するののハマってAIアプリを使ってたのが


一年くらい前?かな?



ふふ…手のおかしさ笑


腕や脚や指の数が多いのはしょっちゅうで、それに飽きてやめたのですが、


なかでも髪。


女性のベリーショート、ハンサムショートとか耳が出るような短い髪型が殆ど生成されず、そこがストレスでした。


何十回かに一回くらい短めになるんですが…何十回かに一回…


(あと何故かAIは、おっぱいをデカくする傾向がある…)


今は少し…ほんの少し改善されたかな?


微妙ですけど。



あと、“っぽい”って言いましたが、


室富のような個性の強いキャラはなかなか難しいです。





かなり拘りも強いキャラなので。




あと主人公六堂も、昔の六堂っぽいのは何となく出来るのですが、最近の襟足長めの六堂は難しいです。




ありそうでなさそうなヘアスタイル。



AIだと髪を少し長くしようと思う、ロン毛になったり、髪を結んでる男になったり…苦笑

下手したら女になります。笑




でも近い将来


村田蓮爾氏や森気楼氏とか、


あんな個性的なイラストも、AIでサラッと描ける日が来るんですかね。



そんなことでは絵の価値が著しく下がると思いますが、“時代”の一言で片付けるにはもっと真剣に考えないといけないテーマですよね。


他の仕事も大半がAIに取られてしまうなんて言われてます。


人間の存在価値自体、危うい話ですね。



富野由悠季監督が、


理系の人間はそういうこと考えずに物を作る(核兵器含めて)なんて言ってましたが、


便利と不便は表裏一体なので、


犠牲になるものの大きさは考え、ただの技術革新ではなく、真に人の役に立つもの考えてほしいですね。



ま、結局金なんでしょうけど…



話がよくわからないものになりましたが、


AIどーちゃらより、趣味とは言え小説が進むよう、頑張っていきます。