前回のお話はこちら→お産レポ①
さて、入院することになった2013年2月21日木曜日。
夜21時に消灯だったけど寝付けず、毎週観ていた「おトメさん」と「最高の離婚」をこっそり観ていました。その間、両親や旦那と電話していたのでじっくりと観れてませんが、残念ながらこの日を境にドラマが観れなくなりました。
いつの間にか寝ていて2013年2月22日金曜日深夜2時過ぎ、ふと目が覚めました。妊娠中は1時間寝ては目が覚めトイレへ行くのは毎日だったのでいつものようにトイレへ行き、またベッドに戻りました。
電気を消し、お腹をさすると胎動を強く感じました。
次の瞬間、、、破水しました。
この時の破水は、大量の水が自然に溢れる感じでした。
急いでナースコール。
ベッドや床に破水した水が
床を拭いている時に看護婦さんが現れ、「そんなことしなくていいよ」と言われ抱えられながら陣痛室へ行きました。
それからお腹の痛みが出てきてはなくなり、出てきてはなくなり、、、陣痛が始まりました。
朝方、特に陣痛が強くなるわけでもなかったので一度、部屋に帰されました。
めざましテレビの「紙兔ロペ」(これも大好き)を観て爆笑煜
この時の陣痛の痛みはまだ平気で普通の生活ができます。たくさん笑えます。体力的にもまだ余裕
とにかく食べて出産に向けてエネルギーを蓄えんと、と思い、出される料理は全て完食。母親からの差し入れもできるだけ食べる。和食よりも洋食を欲し、体は肉を求めていました。
陣痛が始まったのはいいけど、強くならず、診察を受けても子宮口の開きはほんの1cm
そこから全く進行しませんでした
ここで付け加えておきますが、子宮口10cmで全開と言われ、本格的にお産が始まります。全開すると助産師さんは先生を呼び、それから1時間以内には赤ちゃんとの感動のご対面と言われていました。
子宮口全開の時点でお腹の赤ちゃんは下がっていなければなりません。下がるとは頭が子宮口にいるというイメージ。普段赤ちゃんはもっと上にいます。臨月を迎え、お産に近くなると赤ちゃんは自然に下がるのですが、坊はこの時、まだ上にいました。
赤ちゃんは上にいてまだ子宮口も開かない。
でも破水しているので赤ちゃんの感染症が懸念される。
今の状態でいられるのは破水して24時間。
翌朝まで自然に産まれなければ、陣痛促進剤を投与することを言われました。
破水に出血が見られたので赤ちゃんに何かあってはいけないので心拍を確認するためにモニターを常時つけていなければならず、正確に測定するために、動かずずっと横になっていなければなりませんでした。これが意外とシンドイ
また、感染症を防ぐために抗生物質の点滴を定期的に8時間間隔で打たれていました。
2013年2月22日金曜日
朝6時に旦那に電話し、状況を説明しました。ありがたいことにその日中に来てもらうことになりました。急いでも産院に着くのが恐らく、その日の夜20時になるだろうと連絡があり、旦那をひたすら待ってました。
その間、
朝9時の診察
子宮口1cm、赤ちゃんの頭はまだまだ上。
お昼の診察
変わらず。でも、子宮はふにゃふにゃと柔らかく全開してもおかしくない状態。なぜか子宮口だけが堅い。
夕方の診察
子宮口2cm、赤ちゃんの頭が下がってきた。
お昼の診察でナースステーションでは
お腹の赤ちゃんがお父さん来るのを待ってるんやなかろうか?
説が浮上し、私のお産はお父さんの到着次第の進行と言われるようになり、みんながお父さんまだかまだかと待ち侘びてました。
夕食時、陣痛は朝のと比べると強くなっており、陣痛が来てる時は呼吸に集中、なくなるとガツガツ食べ、また来ると呼吸に集中。この時は陣痛が来ると食べられない程の痛みの強さとなっていました。
お見舞いに来ていた母親が、
『朝と比べて顔色が悪くなってて疲れてるみたい』
と言われ
『大丈夫、大丈夫
これは昨日2時間しか寝てないからやつれただけ』
と言ったのを覚えてます。
一人になるとそれまではお腹の赤ちゃんに
『自分のペースで産まれていいよ』
と優しく語りかけてたのに、
『もういいけん出てこい』
と言ってました。
そして旦那に電話して
『あんたがはよ来んけん産まれんたいね』
と言っては困らせてました。
余裕がなくなってきてました。全く眠れず、とにかくエネルギーを蓄えるために横になり、陣痛が来たら呼吸に集中し、赤ちゃんの心拍を観察することに徹してました。
お父さん予定より一時間遅れて登場。
看護婦さんが
『やっと来ましたよ
』
と言うや否やそれまで感じてなかった赤ちゃんの胎動が激しくなりました。
それはモニターからも聞こえる程に。
2月23日0:00 夫、陣痛室で私につきあうが眠くなり、私の病室に行く。 実は、私以外にも産気付いている人がいて、暗闇を「いたーい、いたーい、」と言い、助産師さんにさすられながら歩いている人を見掛けました。余程お産が進んでるのか、と思っていたけど、よくよく様子を伺うと私と同じタイミングや間隔で陣痛がきていました。 私は一人、ベッドの上で痛みに耐えてました。
さて、入院することになった2013年2月21日木曜日。
夜21時に消灯だったけど寝付けず、毎週観ていた「おトメさん」と「最高の離婚」をこっそり観ていました。その間、両親や旦那と電話していたのでじっくりと観れてませんが、残念ながらこの日を境にドラマが観れなくなりました。
いつの間にか寝ていて2013年2月22日金曜日深夜2時過ぎ、ふと目が覚めました。妊娠中は1時間寝ては目が覚めトイレへ行くのは毎日だったのでいつものようにトイレへ行き、またベッドに戻りました。
電気を消し、お腹をさすると胎動を強く感じました。
次の瞬間、、、破水しました。
この時の破水は、大量の水が自然に溢れる感じでした。
急いでナースコール。
ベッドや床に破水した水が
床を拭いている時に看護婦さんが現れ、「そんなことしなくていいよ」と言われ抱えられながら陣痛室へ行きました。それからお腹の痛みが出てきてはなくなり、出てきてはなくなり、、、陣痛が始まりました。
朝方、特に陣痛が強くなるわけでもなかったので一度、部屋に帰されました。
めざましテレビの「紙兔ロペ」(これも大好き)を観て爆笑煜
この時の陣痛の痛みはまだ平気で普通の生活ができます。たくさん笑えます。体力的にもまだ余裕
とにかく食べて出産に向けてエネルギーを蓄えんと、と思い、出される料理は全て完食。母親からの差し入れもできるだけ食べる。和食よりも洋食を欲し、体は肉を求めていました。陣痛が始まったのはいいけど、強くならず、診察を受けても子宮口の開きはほんの1cm
そこから全く進行しませんでした
ここで付け加えておきますが、子宮口10cmで全開と言われ、本格的にお産が始まります。全開すると助産師さんは先生を呼び、それから1時間以内には赤ちゃんとの感動のご対面と言われていました。
子宮口全開の時点でお腹の赤ちゃんは下がっていなければなりません。下がるとは頭が子宮口にいるというイメージ。普段赤ちゃんはもっと上にいます。臨月を迎え、お産に近くなると赤ちゃんは自然に下がるのですが、坊はこの時、まだ上にいました。
赤ちゃんは上にいてまだ子宮口も開かない。
でも破水しているので赤ちゃんの感染症が懸念される。
今の状態でいられるのは破水して24時間。
翌朝まで自然に産まれなければ、陣痛促進剤を投与することを言われました。
破水に出血が見られたので赤ちゃんに何かあってはいけないので心拍を確認するためにモニターを常時つけていなければならず、正確に測定するために、動かずずっと横になっていなければなりませんでした。これが意外とシンドイ
また、感染症を防ぐために抗生物質の点滴を定期的に8時間間隔で打たれていました。2013年2月22日金曜日
朝6時に旦那に電話し、状況を説明しました。ありがたいことにその日中に来てもらうことになりました。急いでも産院に着くのが恐らく、その日の夜20時になるだろうと連絡があり、旦那をひたすら待ってました。
その間、
朝9時の診察
子宮口1cm、赤ちゃんの頭はまだまだ上。
お昼の診察
変わらず。でも、子宮はふにゃふにゃと柔らかく全開してもおかしくない状態。なぜか子宮口だけが堅い。
夕方の診察
子宮口2cm、赤ちゃんの頭が下がってきた。
お昼の診察でナースステーションでは
お腹の赤ちゃんがお父さん来るのを待ってるんやなかろうか?
説が浮上し、私のお産はお父さんの到着次第の進行と言われるようになり、みんながお父さんまだかまだかと待ち侘びてました。
夕食時、陣痛は朝のと比べると強くなっており、陣痛が来てる時は呼吸に集中、なくなるとガツガツ食べ、また来ると呼吸に集中。この時は陣痛が来ると食べられない程の痛みの強さとなっていました。
お見舞いに来ていた母親が、
『朝と比べて顔色が悪くなってて疲れてるみたい』
と言われ
『大丈夫、大丈夫
これは昨日2時間しか寝てないからやつれただけ』と言ったのを覚えてます。
一人になるとそれまではお腹の赤ちゃんに
『自分のペースで産まれていいよ』
と優しく語りかけてたのに、
『もういいけん出てこい』
と言ってました。
そして旦那に電話して
『あんたがはよ来んけん産まれんたいね』
と言っては困らせてました。
余裕がなくなってきてました。全く眠れず、とにかくエネルギーを蓄えるために横になり、陣痛が来たら呼吸に集中し、赤ちゃんの心拍を観察することに徹してました。
お父さん予定より一時間遅れて登場。
看護婦さんが
『やっと来ましたよ
』と言うや否やそれまで感じてなかった赤ちゃんの胎動が激しくなりました。
それはモニターからも聞こえる程に。
2:00
うん○がしたい、と何度思いトイレに行ったことか。でも出ないんだよね。トイレから戻る度、ベッドに四つん這いになりお尻をフリフリ。これが一番楽な体制でした。破水をしているため、赤ちゃんの心拍を確認するモニターをしなければならない私。横にならなければ正確に計測できないから、モニターを付けようと助産師さんが来ると四つん這いの私を見て、「それが一番楽なの?」と聞いてきました。「はい」と応えると「こっちにおいで」と分娩室に入らされました。移動している時、陣痛室に入る夫婦を見掛けました。
いるかの映像が流れているテレビを観させられるけど、痛みは和らがず、途中更に別に産気付いている人がいて、その人に分娩室を譲り、隣の分娩室移動させられる。
合計四人が産気付いている夜
6:00
尾てい骨をマッサージしてもらいたくて、夫を呼び出す。疲れがMax。陣痛と陣痛の間は寝る。夫は「そこで寝る?」と突っ込み、助産師さんと自然妊娠で多胎妊娠は何人まであり得るのか、など話しているのをフムフム、と聞く。
気づいたら夫、朝御飯を買いにセブンイレブンに出掛けてる。日勤の看護婦さん来る。
昨日会った婦長さんが「まだおったね
」と驚く。
7:53
力み出す。思わず直立。
産ませてください。
もう無理
と訴える。助産師さんは旦那さんが立ち会えないからあと一時間は我慢して、と無謀なことを言う。ふざけるでない、と怒りを感じたその時、先程の婦長さん、
「わかりました。産みましょう。特別に旦那さんに電話してよし
」と言ってくれて救われる。
エクソシスト、始まる。
叫ぶ
とにかく叫ぶ
自分の熱気で眼鏡が曇る。
朝御飯を食べた夫、小股の向こうから登場。
叫ぶ
更に叫ぶ
熱気で曇った眼鏡を拭く。
熱気で眼鏡が曇るので眼鏡を外す。
眼鏡対策をしていると「それ、する
」と夫の突っ込み。もう余裕がなくシカト。
何度か力み、「まだですか?」と聞くと「もう少しで頭が出る」と言われ、これが最後、これが最後、と自分に言い聞かせる。
何かが小俣に引っ掛かる。頭、登場
医者が来て少し会陰を切る。
夫、頭を見よ、と促され見る。
数回の力みで、
8:25 息子誕生
手の指、足の指、それぞれ5本あるか夫確認
赤ちゃんが胸に来て母乳を飲ませる。初めての自分の子供、この子がお腹にいてくれたんだね。
この日のことは何があっても忘れない。
母になった瞬間。
初めて自分の赤ちゃんを抱いた日。
2月の晴れた暖かい日でした。



