66才もあと残すところ3ヶ月、11月には私は67才になります。


私が10才位の子供の頃、お婆ちゃんと呼んでいた人は確か62〜3才でした。

彼女の年齢を意識したことは、殆どなく、会話にもあまり出てきた記憶がありません。


彼女がいつも着ていた服は、薄いグレーや紺のお婆さん色で、柄も小花とか草の、輪郭がはっきりしない「なんとなく柄」のワンピースでした。

それに細い紐のようなベルトをウエストに締めた、そんなワンパターンの格好でした。

髪もずっと、小さいカールのパーマが掛かった、おでこを出したショートヘアでした。

そしてお風呂場で自分で黒く染めていたのを覚えています。


自分のことを「お婆ちゃん」とか「わし」と言っていました。


思えば美人だったんだけど、ちっとも美人の素振りはありませんでした。


指輪のダイヤの粒を、流し台でお米をといでいて水と一緒に流してしまった、と言ってたのを思い出します。


アジア旅行から帰った時は、濃い緑色の翡翠の指輪を見せて、これをズロースの中に入れて持ち帰ったと言ってました。爆笑

子供の私には、何の魅力もない物だったけど。

今思えば、密輸じゃないか。びっくり


市場で買ったハウスの赤いイチゴゼリーを、大きな鍋かバットにいっぱい作ってくれたのも、お婆ちゃんです。

びっくりするほど大量の赤いゼリーのほとんどは、いつも兄がモリモリと食べていました爆笑


私が15才の頃、学校の帰り道でコンタクトレンズを1枚、目から落としてしまったことがありました。

直径8mmにも満たない小さな透明のハードレンズです。

家へ帰ってからお婆ちゃんにその話をしたら、なんとお婆ちゃんは「探しに行こう」と言って、歩いた道を一緒に戻りました。

駅から家までは20分も歩く、大型車も悠々と走れるアスファルトの広い道です。

その半分ぐらいの所で、なんとお婆ちゃんは、あの透明の、小さい8mmにも満たない薄いレンズを見つけたのでした!


雨が降った後で、道路も濡れていて、所々に水溜まりもありました。

「あった」! 照れびっくり水に濡れた極小のレンズを、お婆ちゃんは私の手に乗せてくれました。

そんなにウロウロはしなかったのです。歩いて来た道を2人でゆっくりたどり戻って、わりとすぐでした。びっくり

今思い出せば、透明な傘も記憶の映像の中にあるので、雨はまだ小振りに降ってたのかも知れません。


今書いていて気づきましたが、その時、お婆ちゃんの年は、ちょうど今の私ぐらいの年齢だったのですね。


ある夏、お婆ちゃんは、私の両親が兄と一緒に和歌山に旅行に行き、姉は東京の大学に下宿をしていて、大阪の家に私が1人になってしまうので、私の子守りという形で、泊まりに来てくれていました。

冷蔵庫に私の好きなアイス棒をめちゃくちゃ沢山入れてくれてたのを思い出します。


夏。テレビ画面にはピーター・フラプトンがライオンのたてがみみたいに髪をなびかせている、有名なフラプトン・ライブがリアル・タイムで流れていました。


フラプトンの顔の大写し。「ベイビー君みたいに僕は生きたい」のような和訳が流れている、大ヒット曲のメイン画面でした。爆笑

そこでお婆ちゃんが1言「ハンサムな人やな」と言ったのを爆笑思い出します。


思春期の私に、歌詞の重さとお婆ちゃんから飛んだ1言が、ダブルパンチでした。爆笑爆笑


お婆ちゃんは92か93才で亡くなりました。

「プレスリーさんラブ」とさん付けでエルビス・プレスリーを呼び、ファンでした。

父が戦争に行く時「お国のために立派に死んできなさい」と言って父を送り出し、父は寂しかったそうです。ガーン


私がもしその年まで生きるとしたら、あと25年もあります。


まったく、運命は私に、そんなに長いコマを与えて、何をしろというんだろ???

と気の遠くなるような数字に悶えますが、悪いけど、お婆ちゃんになってからの25年なんて、もし何にもしなくても、きっとスグなんだろうとも思います。


だって最近、1年なんてスグだもの。

思えば10年前も20年前も、まるで昨日のことだし。

なんなら私は14才にだって心はスグに戻れるし。


お婆ちゃんも、こうだったんだろうか?67才の時。。。



「時を重ねる」ことって、やっぱり「小さなことの積み重ね」「積み重なり」でしかないのかなと、思ったりします。


◎木や花に水や栄養を遣ること。


◎誰にとは特定できないけど、レターをしたためること。


◎迷惑でない限りの、喜ばれる労働をすること。


あとこれだけができたら、もう私の一生は良かったことにしよう。照れ


若き雄獅子のように美しいフラプトンも、お婆ちゃんも、消えてしまった。

いや、フラプトンはまだ75才で元気らしいけど爆笑


振り返れば、記憶の映像の中に美しいシーンが数々ある。

時って不思議。

私も誰かの記憶の中の美しいシーンの中に、いつか存在しているのかも。


そして私も消えていく不思議。


例えばフェイスブックには、死んだ人の投稿もずっと残ったままで、だからこの先ウン十年後も、もしフェイスブックがそれを続行しているとすると、あの面本の中には今この世にいない人のほうが、今生きてる人の数よりも多くなるかも知れないんだって。


未来。


は何処にあるのかな。何処に行くのかな。

でも、行くしかないんだもんね。


私のお婆ちゃんが、道端に落とした透明のコンタクトレンズを探しに行くって、決めたみたいに。爆笑オーナメント