ちゃんとやろうとするほど、抱え込みすぎていたあの頃 ㉖
こんにちは!椿 あかりですいつも私のブログを読んでくださりありがとうございますプロフィールはこちらマイストーリーはもう少し続きます前回の話はこちら『頑張りすぎていた私に少しだけ力を抜くことを教えてくれた言葉 ㉕』こんにちは!椿 あかりですいつも私のブログを読んでくださりありがとうございます今回は前回のその後の話になります前回の話はこちら『いい…ameblo.jp娘が小学生に上がっても私の生活は相変わらず“情報を追いかける日々”でした今度は保育園ではなく、小学校PTAや子ども会、地域のルールその学校、その地域ならではの暗黙の決まりのようなものもあり正直、戸惑うことも多くありました仕事、家事、そして母親としての役割その中で「いかに効率よくできれば楽に保護者活動をこなすか」それは、きっと私だけでなく多くの親が考えていたことだったと思いますだからこそ春の役員決めは本当に熾烈でしたできればやりたくないでもやらなければいけないそんな空気の中でひとつの情報が耳に入りました「PTAの執行部役員を2年やれば下の子のときは免除になる」かなり迷いましたでも「2年頑張れば、その後は楽になる」そう思い娘が2年生のときに主人の許可をもらって思い切って立候補しましたあのときの私は“先に頑張って、あとを楽にする”という選択をしたのですでも現実は思っていたよりずっと大変でした毎月の打ち合わせや会議学校行事への参加パートとはいえ仕事をしている立場で自由に休みを取ることの難しさも痛感しました仕事、役員、家事、母親業どれも中途半端にしたくない気持ちがあって気づけば全部を抱え込んでいました主人も協力してくれていましたがそれでもやっぱり厳しいものはありましたそれでも不思議とやめたいとは思いませんでした学校へ行く機会が増えたことで先生たちと関わる機会も増え子どもたちの学校での様子を見ることができるようになりました普段は見えない姿を知れることそれはとても安心につながりましたそして保護者同士のつながりも増えていきました役員の活動はどこかサークルのような雰囲気もありみんなで何かをやることに楽しさも感じていました今思えば私はこういうことが好きだったのかもしれませんもしかしたら頑張りすぎていただけなのかもしれませんがそれでもその時の私はやりがいを感じながら取り組んでいましたそんな中役員2年目に入った頃今度は自治会の役員が回ってきましたというよりほぼ半強制のような形で決まっていきました私たちが住んでいたのは公営の団地さまざまな事情を抱えた家庭も多く役員のなり手が少ない現実がありましたその中で「やれる人がやるしかない」そんな空気の中で引き受けることになりました主人と2人で教えてもらいながらなんとかこなしていきましたが自治会長としての役割や責任は想像以上に重いものでした地域のこと、人との関わり、調整ごとひとつひとつが簡単ではなく気づけばまたたくさんのものを抱えていました仕事、家庭、学校、地域どれも大切にしたい気持ちがあるからこそ手を抜くことができずどんどん自分の中に積み重なっていきましたそしてその頃から少しずつ環境にも変化が出てきました子どもたちが大きくなっていくことそして周りの同世代の家族が少しずつ団地を出ていくこと最初はあまり意識していなかったものの気づけば私たちの中にも「家を持つ」という考えが浮かぶようになっていましたそれはきっとこれからの生活を考え始めたひとつのきっかけだったのだと思います最後まで読んでくださりありがとうございますいつも いいね、フォローありがとうございます日々の励みになっています公式LINEを作りました!特典などは準備中ですがこちらにブログの感想など書いていただけると嬉しいですこちらからLINE登録をお願いします