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とても幼い時に、怖い親に猫が欲しいといった。
両親は目をつり上げて、とんでもないと叫んだ。おお、嫌だと。
当時、とても幼かった私は『金目銀目の猫』とかいう絵本を読んで、多分カワイイと思ったのだろう。
けれど、親の反応をみて怯えた私はその後、消して猫のことを口にすることはなくなった。
それからしばらくして、私の知らないうちに、小さな子犬が家にやって来た。
なぜかは全く知らされなかった。
兄の希望だった。
私は犬が怖くて怖くて、近寄ることもできなかった。
やがて犬は大きくなり、兄の関心も犬から離れた。
犬は繋がれた狭いところでブラッシングもされず、抜け毛だらけで鎖で繋がれた範囲でうんちを撒き散らしたままだった。
餌箱は食べこぼしで汚れたまままで、放置されていた。
兄が高校生になると、犬への虐待が始まった。
悲しくて散歩にいきたいのか、くうんくうんと鳴くと、兄はほうきで思い切り殴りつけていた。
私は、当時兄から性的虐待を受けていたから、恐怖はますます大きくなっていった。
この人は、怖い。
それから数十年、私の所にようやく猫が来ることになった。
虐待親から離れ、性的虐待犯人の兄からも裁判で離れていた。
しかし、動物と生活したことのない私には、猫をどう扱っていいのか分からなかった。
間を持ってくれた方々がそれは親切で、ケージの準備から何から何まで世話をして教えてくれた。
それからこの子は、高齢になる今まで私と一緒にいてくれている。
猫より気まぐれで、優しくもないママなのに、私に優しく優しくしてくれている。
悲しくて酔っ払って寝込んだ時には抱きかかえるようにしてくれ、泣いている時にはそばにいてくれた。
このところ、体調の悪い私は、猫に頼んだ。
私を寝かせてね。起こしに来てね。
すると、話が分かったのか、そのときから、寝る時刻になると枕元に来てくれて、静かに座っている。
落ち着いたかと思うと離れるのだが、眠りに落ちていないと、そのたびに様子を見に来てくれる。
朝も同じだ。
ちゃんと起きるまで、鳴いて起こしてくれる。
あと少し寝かせて、と言うと、静かにそばで寝そべる。
こんな優しい関係が、原家族であったろうか。いや、一度もなかった。
東日本大震災の時には、恐怖で石のように固まり、何日もゴハンを食べなかった。身体はカチカチになったままだった。
それでも、私と一緒にいてくれる。
私の面倒をみてくれている。
猫に面倒をみてもらって、ようやく私は生きていると思う。
最近はもう高齢でよろけることもあり、毛もわさわさしてきた。
あとどれだけ一緒にいられるか、そう思うと胸が痛い。
猫を世話して、猫に世話してもらう。
これが、今の私だ。
のぞみとあゆみ
管理人 真理