30㌔圏避難13万人超
新聞記事より
30㌔圏避難13万人超
全域監視家畜殺処分に
村ごと埋め経済活動を制限
チェルノブイリ原発
半径20㌔圏が「警戒区域」として封鎖された福島第1原発。1986年の旧ソ連チェルノブイリ(現ウクライナ)原発事故では、同30㌔圏が立ち入り制限区域となり、約13万5千人の住民が立ち退きを強いられた。両事故の立ち入り規制を比較した。
福島と異なり、チェルノブイリでは事故後直ちに死者が出るほど放射性物質の汚染が深刻だったため、ソ連政府は発生翌日の86年4月27日、原発から4㌔にある原発職員の町プリビヤチの住民約5万人を「3時間で」 (ウクライナ非常事態省当局者)避難させた。
全体主義のソ連は機密漏えいなどを恐れ、発生2日後の28日まで事故を認めていなかったため避難は極秘の作業だった。マイカーでの退去は禁じ、千台ともいわれるバスでの移動となった。その後、10㌔圏、30㌔圏の2段階に分け、5月初めまでに約13万5千人を退去させた。
極秘・強権
福島同様、チェルノブイリの立ち入り制限区域は農畜産業が盛んな地域で、土地への愛着が強く、出て行くのを嫌がる人が多かった。ソ連政府はこのため全域に「監視体制」を敷き、家畜は全て殺処分に。汚染度が高い場所では、家々の上から砂を掛けて村ごと埋めるなど強権をふるった。
政府は放射性物質の拡散を抑えるため、30㌔圏内の経済活動を原則禁じたが、高齢者を中心に「2千人が勝手に戻ってきた」(同省)。そのうちの1人は共同通信に「避難民用住宅が足りず、知らない家族と同居させられつらかった」ことを帰宅の理由に挙げた。
帰宅許さず
政府は容易に一時帰宅を認めなかった。当時の報道によると、プリビヤチ住民は事故の半年後にようやく、2時間半だけ帰宅を許され、一部の家財道具などを運び出したが、その後は93年4月まで認められなかった。立ち入り制限区域では留守宅を狙う窃盗、略奪が相次いだという。
チェルノブイリ原発事故では、立ち入りを制限した30㌔圏をはるかに超えて汚染が広がり、ウクライナ、隣接するベラルーシの両国を中心とする広い範囲に放射線量の高い「ホットスポット」が散在した。
そのため事故後数年間で汚染度の高い地域から移住した人は数十万人に上るとされる。こうした地域では農業なども禁止された。現在、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの3国では、汚染度の高い地域の周辺の低汚染地域に約600万人が暮らしている。
原発の30㌔圏内は今も常時居住は禁じられているが、ウクライナのバロガ非常事態相は今月18日、一部は除染などを通じ安全になったとして、同区域を縮小、居住や経済活動を再開させることを検討していると明らかにした。事故発生から四半世紀後のことだった。
(チェルノブイリ共同=小熊宏尚)

(拡大はクリック)

(拡大はクリック)
30㌔圏避難13万人超
全域監視家畜殺処分に
村ごと埋め経済活動を制限
チェルノブイリ原発
半径20㌔圏が「警戒区域」として封鎖された福島第1原発。1986年の旧ソ連チェルノブイリ(現ウクライナ)原発事故では、同30㌔圏が立ち入り制限区域となり、約13万5千人の住民が立ち退きを強いられた。両事故の立ち入り規制を比較した。
福島と異なり、チェルノブイリでは事故後直ちに死者が出るほど放射性物質の汚染が深刻だったため、ソ連政府は発生翌日の86年4月27日、原発から4㌔にある原発職員の町プリビヤチの住民約5万人を「3時間で」 (ウクライナ非常事態省当局者)避難させた。
全体主義のソ連は機密漏えいなどを恐れ、発生2日後の28日まで事故を認めていなかったため避難は極秘の作業だった。マイカーでの退去は禁じ、千台ともいわれるバスでの移動となった。その後、10㌔圏、30㌔圏の2段階に分け、5月初めまでに約13万5千人を退去させた。
極秘・強権
福島同様、チェルノブイリの立ち入り制限区域は農畜産業が盛んな地域で、土地への愛着が強く、出て行くのを嫌がる人が多かった。ソ連政府はこのため全域に「監視体制」を敷き、家畜は全て殺処分に。汚染度が高い場所では、家々の上から砂を掛けて村ごと埋めるなど強権をふるった。
政府は放射性物質の拡散を抑えるため、30㌔圏内の経済活動を原則禁じたが、高齢者を中心に「2千人が勝手に戻ってきた」(同省)。そのうちの1人は共同通信に「避難民用住宅が足りず、知らない家族と同居させられつらかった」ことを帰宅の理由に挙げた。
帰宅許さず
政府は容易に一時帰宅を認めなかった。当時の報道によると、プリビヤチ住民は事故の半年後にようやく、2時間半だけ帰宅を許され、一部の家財道具などを運び出したが、その後は93年4月まで認められなかった。立ち入り制限区域では留守宅を狙う窃盗、略奪が相次いだという。
チェルノブイリ原発事故では、立ち入りを制限した30㌔圏をはるかに超えて汚染が広がり、ウクライナ、隣接するベラルーシの両国を中心とする広い範囲に放射線量の高い「ホットスポット」が散在した。
そのため事故後数年間で汚染度の高い地域から移住した人は数十万人に上るとされる。こうした地域では農業なども禁止された。現在、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの3国では、汚染度の高い地域の周辺の低汚染地域に約600万人が暮らしている。
原発の30㌔圏内は今も常時居住は禁じられているが、ウクライナのバロガ非常事態相は今月18日、一部は除染などを通じ安全になったとして、同区域を縮小、居住や経済活動を再開させることを検討していると明らかにした。事故発生から四半世紀後のことだった。
(チェルノブイリ共同=小熊宏尚)

(拡大はクリック)

(拡大はクリック)