ℓ16 私に中庸な考えはない。

中間の中立ゾーンの考えはない。

 

 

カエル「私の考えは、何の結果も生まない」

という信念を、

すっかり完全に無くしてしまうこと 

が必要。

私の考えは、いつでも結果(世界)を生んでいる。

 

 

ニコ 私の考え が 

私の「見ている すべて」 を

〈結果〉 として 

もたらしている。

◦この事実に例外はない。

◦私の考えには、大小も強弱もない。

◦ただ、 真 か 偽 か のどちらかだけ。

 

 

キラキラ 私の 真 の考え → 真実のものを創造する

 : 実在

おばけくん 私の 偽りの考え → 偽りのものを作り出す

 : 幻想 非実在

 

 

私が抱く考え が 世界全体についての知覚を 

生起させている。

 

 

真顔 私の抱く考えの一つひとつ によって、

どちらか(キラキラ or おばけくん)が、

結果として もたらされる。

 

キラキラ

=真理・実在    ・愛 ・平安・不変・永遠                

が 延長される か。 

          

おばけくん

= 幻想・無(非実在) ・恐れ・争い・変化するもの           

が 増幅される か。           

 

 

ニコ中庸 / 中立ゾーンの考えは ありえないので、

中庸 / 中立ゾーンの結果も ありえない。

 

 

鉛筆 ちょっとした恐れ、見逃されがちな

どんな「小さな」考えも見落とさないように!!

「重要ではない」「取るに足らない」「思い悩まなくてもいい」と思える些細な考え こそ、

しっかりと探すようにする。

 

おばけくんの考えは、

大小強弱関係なく、破壊的 かつ

等しく 実在性がない 

と認識することが肝心!!

 

 

二重丸  お金についてのこの考えは、中庸 / 中立ゾーンのものではない。

二重丸  健康についてのこの考えは、中庸 / 中立ゾーンのものではない。

二重丸 私には、中庸 / 中立ゾーンの考えはないからである。

 

 

 

 ℓ15 私の考えは、私が作りだした形象images(画像)である。

 

 

Ⓠ 私が、自分の考えは「無」であると、

認識していない理由は?

:自分で考えていると思っている考え が、

形象(画像)となって、現れるから。

 上矢印

これが、私が、

自分の肉体の目に与えた機能(はたらき)である。

 

 

「見ること」と呼んでいる〈形象作りの過程〉

おばけくん 肉体の眼が見る

  ≠ 真に見る

  = 形象(幻想)を作る 

     ↑ これを「見る」と呼んでいる

  ≠ 心眼vision

 

にやり 肉体の眼に「見える」ものは、すべて、

《私》が作り出した形象(幻想)である。

 

📌 肉体の目は、幻想しか見ていない。真に見ていない。

 

 

二重丸  このコップは、              

私が作り出した形象imageである。

二重丸  あの山は、                   

私が作りだした形象imageである。

二重丸  この私の肉体は、     

私が作りだした形象imageである。

 

 

 

 ℓ14 神は意味のない世界を創造しなかった。

 

これ   ⇑  が、意味のない世界など、

ありえない理由。

 

神が創造しなかったもの は、 存在しない。

存在しているもの は すべて、   

神が創造したままに存在している。

   

意味のないもの / 意味のない世界 は

実在しない。

神が創造したままに存在していないもの は、

実在しない。

 

📌「存在(exist / existence)」とは、

神によって創造された、

永遠不変で真実なもの(実相) だけを指す。

 

📌 神が作っていないもの

(私たちが肉体の目で知覚しているこの物質世界.分離.罪.死など)

は、どれほどリアルに見えても、

本当の意味では存在していない

(ただの幻想である)。

 

おばけくん 私の見ている(知覚している)世界は、 

私が 自分で作り出したもの。

 

 

おばけくん 私が作り出したもの       

― 幻想  ― 実在して いない = 分離の夢

 

キラキラ  創造主/神が創造したもの    

― 実相  ― 実在して いる

 

ふたご座 神と【私】の共同創造              

― 実相世界― 実在して いない = 赦しの夢

 

 

ニコ 私が世界に書き込んだ考え 

を 消し去ったとき、

私の言葉の下に書かれている神の言葉 

が 見える。

↑ この置き換えが『救済』

 

ショック 「私の考え.言葉を神の言葉に置き換える」初期の段階のいくつかは、かなり難しく、苦痛とさえなる。

が!        

ニコ 私はそこに取り残されることなく、

はるかに超えて進んでいく。

進んでいる方向には、完璧な安全と平安がある。

 

 

二重丸 神は 

あの戦争を/あの飛行機の墜落を/あの癌を/私の平静を乱しているこの状況を 

創造しなかった。

だから、それは実在のものではない。

 

二重丸 神は 意味のない世界 を創造しなかった。

 

 

神が創造しなかったもの

(= 世界のあらゆる恐怖・地獄・惨事・気がかり)

は、 

神の心から離れたおばけくん私の心 

の中でしか、存在できない。

∴ 何の意味もない。 実在しない。

 

 

 ℓ13 意味のない世界は 恐れを生み出す。

 

 

実際には、〈意味のない世界〉などというものはあり得ない。

〈意味のないもの〉は、存在していない。

が!

私は、〈意味のないもの〉を、

確かに 知覚している /見ている と 特に思いやすい。

 

ショック 〈世界には意味がない〉=世界は無意味

という 認識 は、

分離している者たち(:自我)すべてに、

強烈な不安を引き起こす。

 

キョロキョロ なぜ、分離している者たち(:自我)は、この認識に強烈な不安を感じるのか❓

それはまるで、無意味さが差し出す空白に、

神と〈自我〉の

どちらの〖意味〗が書き込まれるかについて、

(〈自我〉にとっては)

神と〈自我〉が

「対決」しているかのような状況になるから。

 

〈自我〉は、その空白(無意味)が、

自分の無能さ(無力さ)と

非実在性(自我は実在しないということ)を

実証するために使われるかもしれない と

恐れて、

大急ぎで〈自我〉の考えを、

その空白に 確立しようと躍起になる。

 

目 〈自我〉の正しさ

: 自らが 無能(無力)で 

  実在しない という点。

 

📌この強烈な不安、恐れを越える必要がある。

 

📌意味がないと認識すること

 =〈自我〉は存在していないと認めることにつながる。

 

📌〈意味のないもの〉 とは?

: 意味がない:幻想.自我

  意味がある:実在.神

 

きわめて重要なこと

: 〈意味のないもの〉を認識して、

  〈意味のないもの〉を

  恐れずに受け入れられるようになること。

 

びっくり  もし、私が〈世界に意味がない〉と認識することと、それを受け入れることを 恐れている、なら、何が起きる❓

私は必ず、

世界にもともとは備わっていない属性

(恐ろしい.悲しいなど)を世界に授け、

本来は存在していない姿や形の数々(:幻想)で、

そこをいっぱいにするだろう。

 

 

ショック〈自我〉にとっては、〈幻想〉が 安全の仕組み。

すなわち、

〈自我〉と自分を同一視している 私 にとっても、

〈幻想〉が 安全の仕組み。

 

二重丸 私は、意味のない世界 を 見ている。

二重丸 意味のない世界が 恐れ を 生み出す。

二重丸 それは、「私は自分が神と競争している」と

考えているからである。

 

電球 この言葉には、強い抵抗があるはず。

どのような形で、そうした抵抗が現れるにしても、

実際に、「敵」からの「復讐」を理由に、

こうした考えを恐れているのだ ということを、

思い出しなさい。

📌「敵」= 〈自我〉にとっては 神

 

 

 ℓ12 私が動揺しているのは、意味のない世界を見ているからである。

 

 

動揺は、知覚の歪み から来ている。

ショック「自分を動揺させている〖原因〗」は、「外側にある世界(私以外の誰か/何か)」だと思い込んでいる。

ショック私に、外側(私以外の誰か/何か)が、

《恐ろしい、悲しい、暴力的、理不尽な》ことをしたせい(〖原因〗)で、

その結果、私は動揺していると、思い込んでいる。

が!        

《これらの属性》は 

すべて、私自身がこの世界に与えたもの。

 世界そのものには、意味はない。

 

二重丸 私は自分が、

 恐ろしい世界、危険な世界、敵意ある世界、

 悲しい世界、邪悪な世界、狂った世界

 を 見ていると思っている。

二重丸 けれども、私が動揺しているのは、

 〈意味のない世界〉

 を 見ているからである。

 

電球 この演習のポイント              

🔵〈見えているもの (肉眼に映っているもの/知覚しているもの)〉は、「すべて同じ」ということを自分自身に 教える。

🔵〈見えているもの〉すべてに対して、等しい価値を与えることを 学ぶ。

 

にやり「よい世界」     は、

  「悪い世界」     を 暗示し、

  「満足できる世界」  は、        

  「満足できない世界」 を 暗示する。 

これをよく覚えておきなさい

 

「快いと考えるもの」

「不快だと考えるもの」 

両者の間に何の違いもない。

 

世界そのものには、

〈意味はない〉。

〈意味のないもの〉は、  

よくも、悪くも、 ない。

 

では、なぜ、〈意味のない世界〉が、私を動揺させるのか❓

: 今は、【真理】は 私を動揺させるから。

        下矢印

🔴 もし、私が、この世界を〈意味のないもの〉として受け入れることができ、そこに、「私のために」【真理】が書き込まれるままにすることができたなら、

それは、言葉に尽くせないほど私を幸せにするだろう。

🔴 しかし、世界が、〈意味のないもの〉であるからこそ、

私は、〈自分が望む世界像〉をそこに書き込まずにはいられない。

🔴 私がこの世界に中に見ているのは、自分が書き込んだ〈自分が望む世界像〉でなのである。

🔴 真に〈意味のないもの〉というのは、私がこの世界の中に見ている〈自分が望む世界像〉なのである。

 

鉛筆 私がこの世界に中に〈見ている / 知覚している〉のは、〈自分が望むもの〉 である。

 

が!

私の書き込んだ言葉〈自分が望む世界像〉の

下には、

神の言葉(神の世界像)が 書かれている。

私の書き込んだ言葉〈自分が望む世界像〉が

消し去られたときには、

私は神の言葉(神の世界像)を 見る。

  ↑ 言葉に尽くせないほどの幸せを感じる。