3つ前の当ブログで、鶴田浩二さん主演の『雲ながるる果てに』(1953 家城巳代治監督)に触れました。
この映画は、特攻に出撃して命を散らした航空兵たちの遺稿集『雲ながるる果てに・戦没飛行予備学生の手記』を基にしています。また、家城巳代治監督、八木保太郎さんとともに脚本を書いた直居欽哉さんはかつて「特攻兵」で、出撃したものの米軍機に撃墜され奇跡的に生還を果たした経験があります。なので、「特攻」を待つ若者たちの状況がリアルに描かれているのです。
3つ前の当ブログで紹介した「今度は戦争の無い国で会おうな」というのは、高原駿雄さんが演じる航空兵が出撃する日、仲間に言う言葉です。高原さんは宿舎をたびたび抜け出しては女郎屋に行き、好きな女(利根はる恵さん)と過ごして朝帰りするちょっといい加減な男ですが、そんなごく普通の若者の言葉なだけに、本当に切実な思いでしょう。とても胸にささるのです。
他にも、もし生きていたら「こんな家を作るんだ」と言って、空き地に「ここが玄関、ここが居間……」と棒きれで線を引いて想像するシーンが哀切です。死んでいく彼らには、そんな風にささやかに未来を夢想するしか時間が残されていないのです。彼らの夢の閉塞性に胸が痛くなります。
一方、「特攻」を送り出す上層部は、「今度の出撃で敵に“当たる”のはいいところ2割ぐらいだろう」とか、まるでギャンブルみたいに予想したり、完全に特攻兵たちを「モノ」扱いです。幹部の岡田英次さんなどは、失敗を報告されても「いくらでも特攻兵の補充はいるんだ」と冷徹に言い放ちます。この台詞のあと、インサートされるのは「机をならべる小学生たち」の映像です。彼らの頭の中では、子どもたちは弾薬と同じなのです。
そして今、平和憲法を変えようと前のめりになっているタカイチ早苗です。こいつは過去に「私は戦闘員に対しては、これはもう国土、領土、領海、領空、そして国民を守り抜く。これは国家の主権も失われてしまうわけですから、それをしなければ。これは申し訳ないですけど最後まで戦っていただくことになると思います」と堂々とほざいています。命を捨ててもらうと言っているのです。
どうやら、この女も、国民を「使い捨ての資源」という“数”としか見ていないようです。街のあちこちに貼ってある自民党のポスターも、タカイチ早苗が大きく写っている横に「日本列島を強く豊かに」と大きく書いてあります。「人」より「国」が大事というわけです。「国」のために「命」を投げ出せと言っているのです。こんな女に「憲法」に手をつけさせては絶対にいけません。
そもそも、上にあげた「最後まで戦っていただく」という発言、憲法13条:「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」に違反しているんじゃないのか。こういったことをメディアは蔑ろにせず、追及するべきだと思います。(ジャッピー!編集長)